NoName

Open App

涙の理由を 知ってるか
俺には分からないが
濡れた頬の 温かさは
恐らく お前が くれたんだ

「なんでこんな所で歌ってるの?その歌、タイトル何だっけ?」


放課後の屋上は、教師や親の煩わしさから逃れられるサンクチュアリだ。

かつて在籍していた顔も知らない諸先輩の中にも、自分と同じ感覚の人がいたのだろう。
鍵がなければ開くはずのない扉は、ノブを反時計回りに2回、次いで1回半時計回りに回すと開く様に細工されていた。
その事実を知ったのはつい最近の事だ。
大抵どこの学校の屋上も、安全の為とやらで入れないのは馬鹿な俺でも知っている。
それでも、開かないかな?なんて、ガチャガチャ試したら開いてしまったのだ。
あまりに偶然だったから、ノブに施された仕掛けの解明には少し時間を要したが。
解明してからは手慣れたもので、放課後の度に一人屋上に忍び込むようになった。

馬鹿みたいにマジメに青春してる運動部の奴らを眺めたり、スマホにダウンロードした音楽を聴いたり、偶に歌ってみたり。

マジメに塾に行っていると思い込んでいる独善的で過干渉な親を欺いて、押し付けがましい教師たちが寄越す鬱陶しい青春を嘲笑って、不条理で掃き溜めのようなこの世界で、短い青春とやらを棒に振る。
最高にイカれている中で、放課後のこの時間だけは自分が自分たり得る時間だった。さっきまでは。

サンクチュアリの闖入者は、女子だ。
短めのスカートを履いているくせに、髪は肩にかからないボブカットで、地味なカーディガンとぶ厚い瓶底眼鏡を着用している。
化粧をしていない顔は、整っている方だが地味だ。
スカートの長さ以外ギャル要素がないので、クラスのカーストでどの位置の女子なのか分からない。

「あんた、どうやって入ってきたんだ?」

俺は相手の質問には答えず、この闖入者がどうやってここに来たのかを確認することにした。
俺は屋上に忍び込む時、必ず鍵を掛けたことを確認するようにしている。
今日もその事は抜かりなくしたので、鍵が開いていてたまたまという事はない。
俺と同じように偶然開いて入ってきたのだろうか?
こんな地味眼鏡女子が屋上に?

「…あの細工したの私だから」

「えっ」

サラリと爆弾発言を食らった俺は、鳩が豆鉄砲を食らった顔で眼鏡女子を見返した。

「だから逆に問うけど、どうやって細工を突破したわけ?あと、貴方以外知っている人はいる?…あぁ、あと、さっきのタイトル何?」

淡々と温度を感じない声で眼鏡女子が質問してきた。
かなりマイペースなのだろう。普通、質問は一個ずつだろう?コイツはきっと、いや、かなりの変わり者だ。

あの細工はてっきり先輩達が残したものだと思っていたが、こんな変わり者の女子がやっていたとは。

俺と同じ感覚の顔も知らない先輩という妄想が儚く消えた。意外とショックだ。

「私は質問に答えたのだから、貴方も答えるべきだと思うのだけど?」

僅かに苛立ちを含ませた声が妄想に沈みかけた俺の耳を打った。
眉を顰めてジーッとこちらを見ている。答えないと逆に面倒くさそうだ。

「たまたま鍵があいて、法則を見つけた。ここに人を呼んだことはないし、ここの話をしたこともない。さっきの歌はBUMP OF CHICKENのダンデライオン」
必要最低限で済ました俺を眼鏡女子がジッと見てくる。
なんか、この人を観察する目の感じ…ノラ猫みたいだ。
多分懐かないタイプの。

「もう少し細工しておけば良かったな…。でも、まあ曲のタイトルを知ることが出来たから、良いか」

俺に対してというより独り言のように呟く。
理不尽に怒られるかと思ったが、どうやらその気配はない。ちょっと安心した。怒るとヒステリーになる女子もいるからな。
この女子は変わっているところはあるけれど、話は出来そうだ。

「なんでタイトル知りたかったんだ?」

「たまたま有線かなんかで聴いて、物語調で面白いなって思っていて曲だけは覚えていたんだけど。タイトルは聞きそびれちゃったのよね」

確かに有線で聞く曲の多くは、タイトル部分を聞きそびれることがよくある。曲調が気に入っても、歌詞部分の記憶が曖昧になったり、聞き逃したりで探すのに苦労したことが俺もある。

「有線あるあるだな。この歌の物語、良いよな」
俺の何気ない一言に彼女は、ホロリと涙をこぼした。
思わずギョッとして固まる俺の前で、彼女は吐露し始めた。

「私は、孤独であることに苦痛はない。けれど、あの音楽の物語にある、自分を受け入れてくれるモノに出会う喜びは、痛いほど羨ましいと思ったよ」
だから一度聴いただけでも忘れられなかった。彼女はそう静かに呟いた。

あぁ、俺もあの歌のライオンが羨ましいと思っていた。
ありのままの自分を受け入れてくれる存在に出会うなんて、現実ではあり得ないと思っているから。
あの歌の物語はファンタジー。非現実的。
そう思ってもやっぱり、どこか羨ましかった。

「ライオンも、そして、ライオンを受け入れライオンに大切にされた花も得た、尊いものは、このちっぽけな作られた世界じゃ得られない」

ハラハラと流れる涙が儚くて綺麗だと思った。

「あんた、俺と似てるな」
性別も顔も違うのに。
今あったばかりで彼女が見てきた世界なんて知らない。俺にはわからない。
でも、心の何処かが共鳴している。

「あんたの名前を教えてくれ。あんたさえよければ、あんたの事も」

涙の理由を 知ってるか
俺には分からないが
この心の 温かさが
そのまま 答えで 良さそうだ

10/10/2023, 12:17:48 PM