白井墓守

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『君に会いたくて』

君に会いたくて、三千里。
笑う顔が見たくて、走って来た。

○○○

世界は崩壊した。
進化するAIに乗っ取られたのだ。
人類は一丸となってAIと戦い勝利したが、残されたのは文明の破壊された瓦礫の残る世界だけ。
失ったものは、大きい。

私には幼馴染みが居る。
昔は向日葵畑で虫かごと虫取り網を身に付けながら、私の手を引いてニコっと笑いかけてくれるような子だった。
今は私より背が高くなり、逞しくなった身体に迷彩になった服とナイフを身につけて、やはり昔と変わらない笑顔でニコっと笑いかけてくれる人だ。

『直ぐに戻ってくるよ。ちゃんと無事に戻ってくる』
『あのね、AIから世界を取り戻したら……俺と結婚してください』

私は今、空き缶のプルタブで出来た、子供の玩具よりも拙い指輪を薬指に嵌めて、大事に大事にそっと上から右手で触れて抱き締めていた。
子供の頃の私がみたら、笑ったちゃうような、そんなお粗末な指輪こそが、私にとっては何よりも自慢出来る産物だ。

「大丈夫かな……ちゃんと、また会えるよね? もう、戦争は終わったんだもんね??」

誰に問いかけるでもない問いが、思わず口から零れ出る。
当然、答えはない。分かりきっていたことだ。
しかし、その事実に私は強く唇を噛み締めた。
上を向く。駄目だ。私は強く目を瞑った。涙が零れないように、強く強く。泣いてしまったら、自分の中のナニかが終わる、そんな気がしていたからだ。
すん、と鼻をすすった。真っ暗な世界の中、周りで喜ぶ人たちの声がどこか遠く聞こえる。

……戦争に行かないで、と引き留めれば良かったのだろうか。

いいや、出来ない。
彼はそれで待っていられるような、それが平気な人なんかじゃあなかった。
いつも世話しなく行動していて、迷ってる人が居たら、つい後先構わずに損得ではなく自分がしたいからと手を引いてくれるような、そういう人なのだ。昔から。
だから何も言わなかった。言えなかった。
溢れきれない涙を流しながら、否定の言葉を吐かないように口を固く、固く噛み締めて、言葉の代わりに手をぎゅっと強く強く握った。
彼は何も言わずに、とても愛しいものを見るような目で笑ったあと、私の背中をぎゅっと抱き締めてくれた。
その温かさは、今でも覚えている。きっと一生覚えているだろう。

「戦死者の発表を行う!」

肩がピクリと跳ねた。聞きたくない気持ちと、聞かなければいけない気持ちで、頭が可笑しくなりそうだった。

「ーー」

彼の名前だった。

何度も何度も、何度も何度も何度も何度も……頭の中で繰り返した言葉は、やはり彼の名前だった。
頭が真っ白になる。涙が止まった。
世界が急に色褪せていく。時が止まって、ジオラマの白黒写真のパラパラ漫画のように人の動きが見える。
ふっと糸が切れて――崩れ落ちた瞬間だった。

「おっと、大丈夫?」

意味が分からなかった。言葉の羅列が呪文のように聞こえた。
カクカクと油の切れたブリキのおもちゃのような動きで首を動かし声の主を見る…………彼だった。
まごうことなき、あのとき見た、彼そのものだった。

「な、なん……で?」

幽霊だろうか。私に最期のお別れをしに会いに来たのだろうか。いや、今、私の崩れ落ちかけた身体を支えているのは彼じゃないか? なら、身体があるのか。どうして?

色々なことがグルグルと回る。
彼は少し照れたように頬をかいて、笑いながら口を開いた。

「いやぁ、君に会いたくて三千里。笑う顔が見たくて、走ってきた」
「!!」

嘘だ。これは夢だ。きっと意識を失って、私は都合良い夢をみているんだ。ならずっとこのままでいい。起きたら夢が覚めているなら、会えなくなるなら、このまま死ね。

「……その気持ち焦っちゃって、思わず点呼とか取る前に走って来ちゃって、そしたら死亡者扱いされちゃった。ごめんね」

これは現実だ。本人そのものだ。こんな悪夢の体現みたいな事をやらかす人間を、私は幼馴染み一人しか知らない。昔から先に身体が動く彼は多くの人を助けつつも、多くのトラブルも一緒に作って来ていた。そんな彼、そのものだった。

私はなんだか、ようやく本当に彼が帰った気がして、口を開く前にポロリと涙が零れた。

「ほんと、ばか…………おかえりなさい」
「うん、ただいま」


おわり

1/20/2026, 6:56:05 AM