「ちょっと小指かして」
そう言われて咄嗟に小指だけを立たせた右拳を差し出せば、彼女は何やらポケットから取り出したものを、僕の小指に巻き付けた。
「何この毛糸・・・・・・」
「赤い糸の代わり」
はあ。そうですか。と、曖昧な返事をする。なぜ彼女が急にこんなことをし始めたのかその理由はわからないまま、作業を見守る。
「できた」
糸からぱっと指を離した彼女は、僕の小指に留まった赤い蝶々結びを、誇らしげに眺めていた。
「・・・・・・えっと、これは?」
「君が私のものだっていう印」
・・・・・・さいですか。と、僕は心の内で微妙な相槌を打った。
「でも、赤い糸って運命の人に繋がってるものなんじゃないの? これだと僕は誰とも繋がってないし、君のものっていう証明にはならないんじゃ・・・・・・?」
ふと浮かんだ疑問を口にすれば、彼女はきょとんと目を丸くする。
「証明じゃなくて、これは印。君が私のものだっていうことは、君と私だけが知っていればいいことだから、別に周りに明かすこともないでしょ」
とりあえず周りの人には、君が誰かのものだっていうのが分かればいいんだと、何とも彼女らしい持論を振るう。
「・・・・・・それじゃあ、君が僕のものだっていう印もつけてよ」
そう提案してみたら、彼女は「いいよ」と言ってやや小指を浮かせた形で右手を突き出してきた。
僕はポケットに手を突っ込む。まさかこんな流れになるとはと、いささかの驚きを抱えながら、彼女の右手の指先を掴む。
「・・・・・・先に言っとくけど、僕の印は赤くはないから」
その言葉に彼女が一瞬だけ小首を傾げる。彼女的にはちょっとしたお遊びも兼ねてこの赤い糸の印を思い付いたんだろうけど、僕の場合はお遊びにして貰ったら困る。
「その代わり、無くさないでね」
けっこう悩みに悩んで選んだんだからと、彼女の指先をぱっと離せば、小指の代わりに薬指の根元へ小さなリングを留まらせる。
薬指を見た彼女が目を見張り、嬉しさで跳びはねるまでの数秒の間、僕の心臓は気が気じゃなかった。
【赤い糸】
7/1/2023, 4:45:39 AM