アリス!
はっと体を起こした。
膝から小説が滑り落ちた。
私はソファで小説を読みながら
眠ってしまったらしい。
アリス 早く、夕食の支度をして頂戴
全くこの子は…
ぶつぶつと小言が続くのを遮るように、
私はエプロンを付けた。
私はアリス。この家の娘だ。
疎まれている方の。
野菜を際限なく刻みながら、手に目をやる。カサカサとして艶のない肌。
姉のロリーナ、妹のエディスは
こんな家事はしたことがない。
しなくて良い。私だけ…。
…ッ。一瞬手を切ったと思った。
爪を刃がを掠っただけだ。
ただそれだけなのに。涙が意図せず流れた。
何?怪我したの?
手当を
そんな声を背中に受けながら、
台所を飛び出した。広い屋敷を走り抜け、
ある部屋に入る。扉が静かに閉まった。
顔を上げてぎょっとした。
亡霊のような女の顔が私を見ていた。
暖炉の上のマントルピースの鏡だ。
私こんな酷い顔をしているの…。
…アリス。アーリス。
私を呼ぶ優しい声。
アリース。こちらへおいで。
私は鏡へ手を伸ばした。
8/19/2023, 8:23:23 AM