「ただいま」
返事は返ってこない。私の声は真っ暗な部屋へと消えていった。
卒業後、勢いで一人暮らしを始めたが想像以上にひとりで暮らすということの大変さ、初めての職場にも中々馴染めず今日もへたへたになってソファへと転がる。
今日はいつもより早く帰ることができたし明日は休み。休みの日くらい仕事から離れたい。ゆっくり本でも読もうか、そういえば友達からもらった紅茶もまだ飲めてなかったな。
帰宅後いつも食べているチョコレートに手を伸ばしながら明日の予定を大まかに立てていく。チョコレートを口に放り込むと同時にピンポーンという音が部屋に響いた。
「はぁい」
配達?なんか買ったっけな
誰だろうかと考えつつドアを開けるとカボチャやお化けに仮装した小さな子供が4人扉の前に立っていた。
「せぇーの…とりっくおあとりーと!!」
予想もしていなかった来客に呆気を取られ、玄関に掛けてあるカレンダーに目を向ける。あーハロウィンか。
再び子供達を見ると目をキラキラと輝かしてこちらを見ている。まじか、この地域こういうのある系だったのか。
「…ちょっと待ってね」
急いでリビングからテーブルに置いてあるチョコレートを持ってまた玄関に戻ると
「わー!チョコレートだ!!」
「私チョコだいすき!!」
私の手元を見てより一層目をキラキラさせている。
「1人ふたつまでね」
「はーい!おねえさん、ありがとう!!」
渡すと嬉しそうな顔でまた次へのお家へと向かっていった。
ほんの1、2分の出来事だったのに、子供たちの笑顔に心が浄化されていくのを感じた。ただの1口サイズのチョコレートにあんな嬉しそうに…
ふと昔の記憶が頭に流れ込んでくる。そういえば私も昔小さい頃、近くの商店街で仮装してお菓子を貰い回ったことあったっけな。確か私は黒猫になったんだっけ。
ここ数年忘れかけていた昔の記憶が次々と蘇っていく。
「そういえば自分の小さい頃のアルバム、ダンボールに入れてたような」
引越し当時のまま放置していたダンボールを開くと懐かしい表紙が一番に顔を出した。それを持ってソファに座りひとつひとつページをめくっていく。
小さい頃の私と小さい頃の私の友達。ああ懐かしい。この子は今何しているだろうか、元気に過ごしているだろうか。
ゆっくり瞼を閉じると懐かしい景色とその空気、小さな子供特有の低い目線。昔は何もかもが大きく見えていたな。
小さな頃の記憶が流れていくと同時に心の奥底にある小さな私が動き出すのを感じた。
人間は大人になるにつれてマトリョーシカみたいに大人の皮を被っていく。でも、一番奥にある小さい私が消えるわけでは決してないんだ。
再び小さな頃に戻ったような気持ちで、1口サイズのチョコレートを味わいながらまたひとつページをめくった。
〖懐かしく思うこと〗
10/30/2024, 4:20:41 PM