「君は楽園を超えた楽園――楽々園を知っているか?」
「あっ、出張から帰って来たんすね、お帰りなさい」
「……ただいま」
渾身のギャグをサラッと躱された。
うそだろ、これを言いたくて急いで戻って来たのに……
「なんか元気ないすね? 出張の疲れが?」
「お前のせいだよ」
文句を言うも首をかしげる後輩。
とぼけているのか、本当に気づいていないのか……
だが、しばらく考えても分からなかったようだ。
「残念ながら、何のことだか……」
「さっき、俺がいったギャグをスルーしたろ?」
「ギャグ?」
またも首をかしげる後輩……
くそ生意気な。
昔は可愛かったのに……
「会って最初に言った言葉! 聞いてなかったか!」
「ああ、いつもの変な独り言ですか……」
ギャグとして認識されていないだと!?
というか『いつも』って……
俺、タダのヤバい人じゃん。
「すいません、よく聞いてなかったので、もう一度お願いします」
もう一度ギャグを言えだと……
コイツ、どこまで俺を辱めれば気が済むんだ。
「いいだろう、今回は会心の出来だぞ、驚くなよ」
「はあ、期待してませんけど…… どうぞ」
「君は楽園を超えた楽園――楽々園を知っているか?」
「お疲れした」
「待てや」
逃げようとする後輩の方を、ガシッと力強く掴む。
逃がさねえからな。
「待ってください、先輩。 言い訳を!」
「いいだろう」
「どこがおもしろいんですか?」
「貴様ぁ」
「変わり身の術!」
殴ろうと咄嗟に拳を上げるが、シャツを身代わりにして逃げられる。
こいつ、ニンジャだったのか?
「楽園と楽園で、楽々園だろうが!」
「笑いのツボわかんないす」
くそ、この面白さが分からないとは。
仕事以外にも、笑いを教える必要があるようだ。
「ところで、なんで楽々園? 出張で何かあったんすか?」
「ああ、出張先の近くにその名前の駅があったんだ」
「へー、変わった名前っすね」
「少しは興味持てよ」
「と言われても…… 行ったことない土地なんで」
反応が薄い。
先輩の話はちゃんと聞けと言いたいが、それを言うとパワハラになるからな。
……さっきの暴力は、行使されてないのでノーカン。
「先輩の出張先って、たしか…… 広島でしたっけ」
「ああ。宮島にわりかし近いところだ」
「で?」
「『で?』とは?」
「いや、どんな感じかなと。 楽園要素ありました?」
「……」
「どういう意味の沈黙すか?」
「電車で通り過ぎただけだから分からん」
「話を振っといてそれっすか!?」
後輩は蔑むような目を俺を見てくる。
やめろ、そんな目で見るな。
「だが由来は知ってるんだぞ」
「『楽々園』の?」
「そう!」
少し興味が出てきたのか、後輩は俺の顔をじっと見た。
少しいい気分になりながら、由来を語る。
「昔――1936年のことだが、当時の私鉄が、旅客の誘致で遊園地が作ったそうだ。
遊園地のキャッチコピーは『電車で楽々行ける遊園地』。
それにちなんで『楽々園』となったそうだ」
「遊園地を!? 客寄せで!? 時代が違う……」
ちょっと後輩がびっくりしてる。
そうだろうな。
俺も驚いた。
「今もあるんすか?」
「いや、1971年に閉園した。
それなりに人は来たようだが、時代の流れだな。
今はショッピングモールがあるそうだ。
ちなみに町名も『楽々園』に変わった」
「へー、一つの駅にも歴史ありっすね……
とこで異常に詳しいすね。
行ってもないのに」
「wikipediaに書いてあった」
(作者注:上の解説はwikipediaを参照しました)
「感心して損したっす」
後輩はこれ見よがしにため息を零す。
やっぱ殴るべきか。
「それにしても諸行無常すね」
「だな」
一つの駅の記事から、歴史の盛者必衰を見るとは思いもしなかった。
「当時は楽園だったんすかねえ」
「こればっかりは当時の人間に聞かないとな」
「そうすね……」
後輩は神妙にうなずく。
「で?」
と思ったら、急に真面目な顔になる。
「『で?』とは」
「仕事が終わったら行ましょう、俺たちの楽園に」
と言いながら、後輩は何かを飲むしぐさをする。
「先輩のおごりで」
後輩はニヤリと笑う。
「金がない」
「知ってるんすよ。 出張手当、出たすよね」
「ち、把握していたか……
だが、ノリの悪い奴と飲んでもな」
「宮島には行ったんでしょ? 俺、その話が聞きたいす」
「……おまえ、そんなに宮島に興味あるの?」
「うす!」
後輩は元気よく、頷く。
本当に興味あるかは知らないが、そこまで言うなら仕方がない。
「よっしゃ、おごってやる。
そして教えてやるよ」
そして知るといい。
宮島は鹿の楽園だと言うことを!
後輩の驚く顔が楽しみだ。
5/1/2024, 1:00:58 PM