G14

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「君は楽園を超えた楽園――楽々園を知っているか?」
「あっ、出張から帰って来たんすね、お帰りなさい」
「……ただいま」

 渾身のギャグをサラッと躱された。
 うそだろ、これを言いたくて急いで戻って来たのに……
「なんか元気ないすね? 出張の疲れが?」
「お前のせいだよ」
 文句を言うも首をかしげる後輩。
 とぼけているのか、本当に気づいていないのか……
 だが、しばらく考えても分からなかったようだ。

「残念ながら、何のことだか……」
「さっき、俺がいったギャグをスルーしたろ?」
「ギャグ?」
 またも首をかしげる後輩……
 くそ生意気な。
 昔は可愛かったのに……

「会って最初に言った言葉! 聞いてなかったか!」
「ああ、いつもの変な独り言ですか……」
 ギャグとして認識されていないだと!?
 というか『いつも』って……
 俺、タダのヤバい人じゃん。

「すいません、よく聞いてなかったので、もう一度お願いします」
 もう一度ギャグを言えだと……
 コイツ、どこまで俺を辱めれば気が済むんだ。

「いいだろう、今回は会心の出来だぞ、驚くなよ」
「はあ、期待してませんけど…… どうぞ」
「君は楽園を超えた楽園――楽々園を知っているか?」
「お疲れした」
「待てや」
 逃げようとする後輩の方を、ガシッと力強く掴む。
 逃がさねえからな。

「待ってください、先輩。 言い訳を!」
「いいだろう」
「どこがおもしろいんですか?」
「貴様ぁ」
「変わり身の術!」
 殴ろうと咄嗟に拳を上げるが、シャツを身代わりにして逃げられる。
 こいつ、ニンジャだったのか?

「楽園と楽園で、楽々園だろうが!」
「笑いのツボわかんないす」
 くそ、この面白さが分からないとは。
 仕事以外にも、笑いを教える必要があるようだ。

「ところで、なんで楽々園? 出張で何かあったんすか?」
「ああ、出張先の近くにその名前の駅があったんだ」
「へー、変わった名前っすね」
「少しは興味持てよ」
「と言われても…… 行ったことない土地なんで」
 反応が薄い。
 先輩の話はちゃんと聞けと言いたいが、それを言うとパワハラになるからな。
 ……さっきの暴力は、行使されてないのでノーカン。

「先輩の出張先って、たしか…… 広島でしたっけ」
「ああ。宮島にわりかし近いところだ」
「で?」
「『で?』とは?」
「いや、どんな感じかなと。 楽園要素ありました?」
「……」
「どういう意味の沈黙すか?」
「電車で通り過ぎただけだから分からん」
「話を振っといてそれっすか!?」
 後輩は蔑むような目を俺を見てくる。
 やめろ、そんな目で見るな。

「だが由来は知ってるんだぞ」
「『楽々園』の?」
「そう!」
 少し興味が出てきたのか、後輩は俺の顔をじっと見た。
 少しいい気分になりながら、由来を語る。

「昔――1936年のことだが、当時の私鉄が、旅客の誘致で遊園地が作ったそうだ。
 遊園地のキャッチコピーは『電車で楽々行ける遊園地』。
 それにちなんで『楽々園』となったそうだ」
「遊園地を!? 客寄せで!? 時代が違う……」
 ちょっと後輩がびっくりしてる。
 そうだろうな。
 俺も驚いた。

「今もあるんすか?」
「いや、1971年に閉園した。
 それなりに人は来たようだが、時代の流れだな。
 今はショッピングモールがあるそうだ。
 ちなみに町名も『楽々園』に変わった」

「へー、一つの駅にも歴史ありっすね……
 とこで異常に詳しいすね。
 行ってもないのに」
「wikipediaに書いてあった」
(作者注:上の解説はwikipediaを参照しました)

「感心して損したっす」
 後輩はこれ見よがしにため息を零す。
 やっぱ殴るべきか。

「それにしても諸行無常すね」
「だな」
 一つの駅の記事から、歴史の盛者必衰を見るとは思いもしなかった。
「当時は楽園だったんすかねえ」
「こればっかりは当時の人間に聞かないとな」
「そうすね……」
 後輩は神妙にうなずく。

「で?」
 と思ったら、急に真面目な顔になる。
「『で?』とは」
「仕事が終わったら行ましょう、俺たちの楽園に」
 と言いながら、後輩は何かを飲むしぐさをする。
「先輩のおごりで」
 後輩はニヤリと笑う。

「金がない」
「知ってるんすよ。 出張手当、出たすよね」
「ち、把握していたか……
 だが、ノリの悪い奴と飲んでもな」
「宮島には行ったんでしょ? 俺、その話が聞きたいす」
「……おまえ、そんなに宮島に興味あるの?」
「うす!」
 後輩は元気よく、頷く。
 本当に興味あるかは知らないが、そこまで言うなら仕方がない。
「よっしゃ、おごってやる。
 そして教えてやるよ」

 そして知るといい。
 宮島は鹿の楽園だと言うことを!

 後輩の驚く顔が楽しみだ。
 

5/1/2024, 1:00:58 PM