キジバトの鳴き声が聞こえる。
茂みの中で。
鳩が鳴いている。
冬の澄んだ朝。
広場の中央には、金メッキも宝石も剥がされた王子の像の残骸が、錆びついてでこぼこに凹んだ茶色い金属製の肌を晒して突っ立っている。
おそらく、この街の貧民層が剥がしていったのだろう。
見窄らしい像の現状を嘲るように、王子像の足元には、燕がひっくり返って死んでいた。
キジバトが鳴いている。
今日も街は賑やかで、王子像や燕の死骸に注意を向けるものはいない。
貴族も平民も乞食も、みな忙しそうに通り過ぎていく。
昨日は寒さがひどかった。
その証拠に、街の道端のあちこちに、溶けかけた雪がこびりついている。
この調子なら、今日も大通りの外れの路地には、行き倒れている命があるだろう。
一昨日の朝は、貧しいマッチ売りの娘が死んでいた。
今日も誰か、倒れているだろう。
ひんやりした空気に手を擦り合わせて、掃除用具を取り出す。
石畳の地面を一掃きして、息を吐く。
一掃きして、また息を吐く。
今日も、街の街に繰り出して、掃除をする。
それが私の仕事だから。
この街は、永遠と平和の街、と呼ばれている。
高い壁が、この街を取り囲んでいて、それが永遠と平和の街と呼ばれる謂れだ。
この高い壁は、広場の像のモデルとなった王子が作り出したものだ。
この王子は生まれつき魔術の力を持っており、この街をより素晴らしく、より安全な街にするために、この街の住人の幸せを想いながら、高い壁を建てて、街に二つの魔術をかけた。
一つ目の魔術は、平和の魔術。
外からくる天災や災害を遠ざける魔術だ。
だから、高い壁の内側にあるこの街には、戦争も災害も疫病もない。
絶滅もない。
飢饉さえない。
壁の内側のこの街は、恐ろしいほど平穏だ。
二つ目の魔術は、永遠の魔術。
この街が永遠に繁栄する魔術だ。
この街では、人口が減ったり、家や店が減ったりすることはない。
子どもが死ねば、新しく子どもが産まれる。
大人が死ねば、同い年くらいの放浪者がやってくる。
乞食が死ねば、乞食が現れ、貴族が死ねば、貴族がやってくる。
子どもも、大人も、動物も、鳥も、王族さえも。
この街の命は、みんな代えが効く。
それがこの街。永遠と平和の街。
王子が自分の命と引き換えに、この街に捧げた魔術は、今もひたすらに続いている。
そんな名君の王子を讃えて、街の中央広場には、金と宝石で彩られた、王子の像が置かれた。
それから200年。
この街は、あの頃から何も変わらずに、永遠に続いている。
周りの数々の国や街が終わりを経験し、滅び、勃興し、新しくなる。
この街の周辺では、数々の物語が終わり、新しい、前よりももっと進化した物語が紡がれてきた。
しかし、この街だけは終わらない。
王子が作った、王子の時の物語が続いている。
たった一人の、名君と呼ばれた愚かな王子の、終わらない物語が。
私が死んだとしても、きっと私の代わりに掃除屋がやってくる。
同じように考え、同じように生きて、同じように死んでいく、そんなたわいもない掃除屋が、私の代わりに道路を掃除する。
この街の街角で誰が死んでいようと、その代わりがやってくる。
この街は時代に取り残されながら、永遠と続く。
同じ物語を、役者を変えて、繰り返し、繰り返し紡ぎながら。
終わらない物語を、何度も何度も繰り返しながら。
私たちの物語は終わらない。
今日も200年前から終わらない青い空の下で、200年前から終わらない物語が、一本調子で続いていく。
キジバトが鳴いている。
錆びついた王子の像が、高い壁を見つめている。
私は今日も、終わらない掃除に手を出す。
私の一掃きが、今日も永遠に続く。
1/26/2025, 12:39:02 AM