望月

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《もう二度と》

 光と風とが収まってすぐ彼を襲ったのは、拒絶反応だった。
 全身が痙攣しているようで、足元がふらつき地面にへたり込む。
 前へと伸ばしていた手も自然と下がった。
「ッ……! あ、あぁ……」
 手に感触がある訳でもなければ、実感が伴っている訳でもない。
 ただただ、目の前で人が倒れていく様を見ていただけだ。
 数多の裂傷を抱えて、濃密な死の気配を漂わせる死体の。
「こんなはずじゃっ……ちが、違う……こんな、俺が……お、れの……」
 動揺。
 視界の方がおかしくなったのか、と錯覚するほど震えの止まらぬ右手を、左手で包み込む。それでも、震えは増すばかりだ。
 寒い、寒い。
 違う——あたたかい。
 右手に付着したぬめりとした液体が、あたたかいのだ。そう、まだ。
「あ、ああ、ぁ……うわぁああああッ!」
 咄嗟に手を払うが、手のひらは既に赤く染ってしまっていた。
 それがどうしようもない事実を刻む。
 人を手に掛けてしまった。
「……はっ……はぁ…………ぁ、あぁ……」
 ただ風の魔法を使っただけだ。
 それなのに、何故か暴走した。
 理由があるのかないのかすら、分からない。
 けれどこうして、憐れな悪人が斬り刻まれてしまった。
 正当防衛のはずだった。
 本当は。
 そのはずが、過剰どころではない結果を招いてしまった。
 急いでその場から逃げても、変わらない。
 震えは収まらず、事実は消えない。
 事情を話せば事故だと思ってくれるだろうか。
 そうだとしても。
 もう二度と、罪のない者としての生を歩めないことは事実だ。
 そこに、他意も殺意も何もなくても。
 犯してしまったのだから。

3/25/2025, 9:18:46 AM