Werewolf

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【1つだけ】

 昔々。小六という男がいた。竹取をしては竹籠を売って、母と二人で慎ましく暮らしていた。
 今日も小六は竹籠を山ほど積んで、山を越えて、隣の里まで売りに行った。竹籠は飛ぶように売れて、今日はたくさんの食べ物を買ってくることができた。
 その、帰り道だった。
「おい」
 と、山の中で声が響いた。小六はぐるりと周囲を見回す。山のちょうど村と村の間のところで、何かに声をかけられている。妖怪か何かだと思い、無視して早足に歩く。
「おい、小六」
 びくり、と身を竦ませた。名を知られているのは危険だ。しかし足が怖くて動かなくなってしまった。
「小六、お前今日はたくさん売れたろう」
 カラカラと笑う声に混じって聞こえてくる。
「そのしょってるもんから、一つよこせ」
 小六はあたりを見回した。
「だ、誰じゃ!」
「お前の村の守り主だ、ほら、さっさと一つ置いていけ」
 一つ、と言われて小六は荷籠を見た。ああ、せっかく買った魚の干物も干し柿も、鳥の肉も野菜も、どれも一つだって渡したくないのに。
 しかし仕方なく小六は楽しみにしていた干し柿を取り出した。紐に通してあって、暗がりでは外せそうにない。仕方なく、六つ通してある干し柿を地面に置いた。
「ほら、干し柿一つじゃ」
「おう」
 そうして小六がひとつ瞬きすると、それはなくなってしまっていた。
「ああ柿じゃ柿じゃ、小六、帰ってええぞ」
 そう言われて、なんだかひどく悔しくなった小六は、ぎゅっと拳を握る。他のものも取られては敵わない、と走って山を下っていった。

 母に山であったことを伝えると、ずいぶん困った顔をして、「そいじゃあ怖いねえ」と悩んでしまった。
「もう、向こうの里に行くのはやめたほうがいいんじゃないかえ」
「そんな、まだ売れそうじゃ、それにほら、柿はやられたが、こんなに色々買えたぞ」
 小六としても諦めたくなかった。

 そうして、小六が時々山を越えるたびにこんなことが起こっていた。守り主は姿を現さないが、小六が渋って何も出さずにいると、大きなものが林の中を動く音がしていた。結局そうして何か置かざるを得なくなってしまう。
「小六、柿は飽きた。他のものをよこせ」
「小六、この前は魚だったろう、魚じゃないものにせい」
 と、こんな具合なので小六はせっかく母に買った肉や野菜を諦めることもしばしばだった。どうにも悔しくてやりきれないが、竹籠を売れるうちは今の里に売りに行きたい。そんなことでうんうん悩んでいた。

 ある日、竹籠を売りに行く前のことだった。
 小六は村の守り主、守神様のいる祠に向かった。そこで少し前に村に来た商人から買った、小さな金平糖を備えて、手を合わせてなむなむと祈る。
「守り主様、無礼は承知で、どうか、どうかお願いです。おっかあに買って帰っているもの、横取りしないでください。どうか」
 そう祈って祠を後にする。
 すると、村の外に向かう道で、知らない子供がにこにこしながら、小六に手を振っているのを見つけた。小六が手を振り返すと、子供は駆け寄ってきた。
「一つだけ、って言うんだよ」
 と、子供は唐突にそう言った。
「いいね、小六、一つだけって言って、今日は小豆を買って帰るんだよ」
 小六が瞬きした瞬間……子供はいなくなっていた。
 ああ、もしかして、もしかして、と小六はもう一度そこから祠の方に手を合わせた。

 その日も小六は山道を歩いていた。今日も竹籠は売れてくれた。とても質がいいのだと言って、随分大事に持っていってくれる人もいた。
 そして、懐に小豆を入れてある。子供が言った通りにしてみようと思ったのだ。
「おい、小六」
 と、いつもの声が聞こえてくる。
「一つよこせ、今日もよう売れたろう」
 小六はごくっと息を呑むと、口を開いた。
「一つだけじゃぞ」
「おう、一つだ、一つよこせ」
 懐からしずしずと取り出した袋を開き、小豆を一つ、しっかりと握る。それから、そおっと地面に置いた。冷や汗が背中と伝っていく。
 ざっと風が鳴る。しばしの沈黙。
「あ、あ、小豆だと」
 ぶるぶると樹木が震え出した。
「く、そ、くそ、小六のくせにー!」
 そう叫んで何か大きな影が覆い被さってこようとして……気が付くとあの子供が目の前にいた。
「私は小豆一つを大切にしているのだよ」
「ひゃあ!」
 と、悲鳴が上がって、どろろん、とそこに小さな狐が現れた。
「随分私の村の働き者を困らせていたようだね、どれ、お仕置きをしないと」
「ひぇえ、ごめんなさい、ごめんなさい、出来心だったんです、本当です!」
 しかし子供はひれ伏す狐の尻尾をむんずと掴む。そして、くるり、と小六の方を振り返った。
「さあ、早くお帰りなさい」
 小六は手を合わせてしっかりと頭を下げる。
「お助けくださって、ほんにありがとうございます」
 小六が頭を上げた時には、もうそこには誰もいなかった。

 それから小六は「一つよこせ」と言われることなく、母に良いものを持ち帰ることができるようになった。
 そして祠には、幾度も金平糖を備えてきた。ある時、金平糖を備えようとすると、そこに小さな紙が落ちていた。
「一つだけ」
 と、小さく書かれていたが……小六は、それなら、と金平糖を袋に入れて、それを一つだけ備えるようにしたのだった。

4/4/2026, 9:46:41 AM