七星

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『花咲いて』

「本当に、咲乃の頭の中はお花畑だな。甘々の恋愛小説ばかり読んで」

口を開けばいつも夢見がちなことばかり言っている中学一年の妹に、僕は指摘する。妹は、ぷうっと膨れた。膨らみかけたチューリップの蕾のように、薄いピンク色の頬が丸くなる。

「お兄ちゃんだって、異世界ものばっかり読んでるじゃない。それと同じだよ」

何が同じなのかはわからないが、妹にとっては正当な反論であるらしい。

可愛くない奴。僕は、ふっと妹から目を逸らして机に向かい、生物の教科書に視線を落とした。妹がまだ何か騒いでいたが、教科書に記されたメンデルの法則に意識を向け、雑音をシャットアウトした。

好きな小説のジャンルがどうこうという平和な論争を交わした一ヶ月後、妹は好きな男子にふられた。そしてショックから部屋に閉じこもり、一言も話さなくなってしまった。

妹はこの世界との間に、分厚いガラスの壁を築いてしまったのだ。それは簡単に壊すことができない繊細な造りをしていた。無理に叩き潰せば妹の命を奪ってしまうかもしれない。僕も両親も、これまでとは打って変わって妹に気を遣い始めた。腫れ物に触るような扱いを続けていたものの、妹はより一層心を閉ざしていく。どうしたらいいのか、僕たちは判断がつかず、ただそっとしておいてやることしかできなかった。

あれから約半年。十二月も半ばに差しかかった薄曇りの日。白い息を吐きながら歩いていた僕は偶然、道の端に小さな花屋を見つけた。

そういえば、妹は花が好きだった。近所の土手に咲いていた菜の花やコスモスを摘んで、よく押し花を作っていた。妹の机の引き出しには今でも、その時の押し花で作った栞が大量に仕舞い込まれているはずだ。そんな記憶が蘇ってきて、僕は花屋に足を踏み入れていた。

店の中は狭く、バケツに入れられた切り花が所狭しと並んでいた。ぼんやりと、僕は店の奥へ進む。サボテンの並ぶコーナーまで来て、何とはなしに僕は足を止めた。妹が小学生の頃に好んで聴いていた歌の内容を、不意に思い出す。

「このヒロイン、可哀想なんだよ。でも、囚われのヒロインって憧れるなぁ」

そんなことを言いながら、にやついていた妹。今はその笑顔を見ることもなくなったけれど。

あの歌が頭の奥で流れ始める。気がつくと、僕はサボテンを一鉢購入して店を出ていた。

サボテンは一年の間でも、滅多に花をつけないと聞いたことがある。そのため、サボテンの花が咲くことを奇跡のように考える人もいるらしい。このサボテンがもし花を咲かせたら、妹の閉ざされた心は開くだろうか。蝉の抜け殻のように空っぽになってしまった妹が、再び笑う日はくるのだろうか。

信じてみようと僕は思った。サボテンが咲く日を、そして妹がもう一度明るさを取り戻す日を、ずっと信じたまま近くで見守ろうと思う。

そう。あの歌の主人公のように。

7/23/2024, 12:06:36 PM