⚠︎微BL
「過ぎ去った日々は、もう戻ってこないのですね」
やけに大人びた声。同じ歳のはずなのに、いつも敬語を使って話す俺の友達は、何かのアニメの影響でも受けているのだろうか。俺はずっとそう思っている。頭が良くて、眼鏡をかけていて身長が高いクラスメイト。変な奴。クラスメイトからはそんな薄っぺらい印象である。
現に近くにいたクラスメイト数名が、こちらを不思議そうに見つめた。
「ああ、そうだな。…よく分かんねえけど」
三月なのに、指先が凍えるほど寒い。三月の一番初めの金曜日、高校で行われることは卒業式。その前日に卒業生をさりげなく祝うように降った雪は少し積もって、革靴を汚すので俺は酷く嫌な気持ちになった。
俺は制服の裾を握りしめる。女子に告白されてボタンを全部持っていかれる?──馬鹿な。そんな漫画みたいなことは起きない。実際、式が終わったあとこうやって、立派な立て看板がある三年間通い詰めた高校の玄関口で、親の迎えを俺は待っている。
彼は、何故いるのか?俺に聞かないで欲しい。多分彼も親の迎えを待っているのだと思う。分からないけど。
周辺では、女子生徒が「写真撮ろ」なんて言って、女子同士で楽しそうにはしゃいでいたり、部活の後輩から花を受け取って両目に涙を浮かべていたりするクラスメイトも見かけた。俺にはそんな青春は、この三年間存在しなかった。平凡で、楽な三年間、だったと記憶している。
彼と無言のままだとどうしても気まずくて、「大学どこ?」なんて聞いてみようとしたけれども、落ちたと言われたらどうしようというところまで考えて、口を固く噤む。ひゅうと風が横切って、前髪を揺らした。
俺はどうしようか、そろそろ本格的に気まずいので一人になろうと違う方向に歩き出すと、焦ったように彼は、丸めて脇に抱えていた卒業証書を突然両手で広げた。
「何してんの?」
「見ていてください」
ビリビリ。
「────は?」
「破りました」
「は?」
「破りました。見ましたか?」
「い、いや見たけど…お前…何して」
「………要らないと思って」
「え?」
彼の手は、震えていた。寒いから?怖いから?緊張しているから?震える理由なんてそんなものだろう。
「あはは、お前、どうしたの。卒業証書だよ、それ」
「君が居なかった三年間は、要らないと、思って」
「……………」
「過ぎ去った日々は戻らないけれど、でも僕は、君と卒業したかった」
彼の手には、もう一枚卒業証書が握られていた。そこに書かれた名前は、正真正銘俺の名前。
「クラスで浮いていた僕に優しくしてくれたのが君でしたね。…でも、君はあの夏に、死んでしまった」
「…お前、ひとりで話してるって、意味悪がられてるよ。………ごめんな、二年と、半年間も。気味悪いよな、幽霊が見えるだなんて、さ。」
「君が居なかった三年間、僕は要らないんです。今までも、これからも」
ビリビリ、粉々に砕かれた彼の卒業証書が冷たい風に舞う。それは昼間の煌めく太陽に当たり泥と一緒になって溶けた雪の上に落ちた。みるみるうちにそれは紙の硬さを失い、溶けていくみたいに地面に舞い散った。
「……じゃあ俺のもさ、破ってよ」
「ダメです」
「え、なんでよ」
「君のお母さんに渡すって約束したでしょう。君が居なかった三年間の証、僕は要らないけれど」
彼は、一歩こちらに近づいた。やめろ、やめろって。これ以上、俺の心に触れないで。
「君が僕の瞳の中だけに居た三年間は、消さないで欲しいから」
腕がぎゅっと背中に回された。確かに、彼の体温は存在している。悴む指先が湯気に触れてじわじわと暖かくなっていくみたいに、俺の肌は熱くなった。でも彼は、体温なんて感じられていない。俺のことが見えていたとしても、俺の肉体は、そこにはもう無いから。
あからさまに変な態勢なんだろう。彼が空間に向かって抱きついている絵面を見たクラスメイトは、「あいつ最後まで変な奴だな。幻覚見えてる?」なんて悪口を言う。
「…ごめんね」
「謝らないで欲しいです」
俺は、そっと彼の背中に腕を回した。彼は、その体温を、感触を感じることが出来ていないであろう。それでも僕は、僕にだけしか分からない彼の体温を、そっと胸の中に抱きしめた。
3/10/2024, 11:22:48 AM