「大丈夫だよ。」
彼が言う。私は只、残酷なまでに笑っていた。
「大丈夫だよ。」
私の幼馴染の彼は、昔から私に言い聞かせるように言った。私が転けて泣いている時も、先生に怒られた時も、優しくそう言った。その言葉はまるで、魔法のようだった。彼が言うと、全部どうって事のない気がしたんだ。
「魔法使いみたいだね!」
私が興奮混じりで言うと、彼は少し悲しそうな顔をした。しかし、すぐに笑顔に戻った。そしていつも通り言った。
「君が笑ってくれて、良かったよ。」
その笑顔に、心臓が高鳴る。私は彼に恋をしているから。
高校三年生の夏夜。彼から呼び出しのメールが来た。私はすぐに、目的地に向かった。そこは私達が住んでいるマンションの屋上だった。
「急に呼び出してごめんね。」
「別に良いよ。起きてたし。」
夜だからだろうか。彼が何だか弱々しく見えた。しかし、暗くて表情は見えなかった。
「見て。綺麗な夜景じゃない?」
彼は屋上の端へと私を誘う。私は足元に注意しながら、彼の横に行った。
「綺麗…。」
言葉が漏れる程に、綺麗な夜景が目に映った。
「でしょ。最近のお気に入りなんだ。」
彼が嬉しそうに言う。しかし、やはり弱々しく感じた。
「ねぇ、何かあったの?」
私がそう聞いた瞬間。世界が少しだけ明るくなった。そして私の目には、涙を浮かべた彼が映った。
「何でだろうね。君にはバレちゃうんだろう。」
彼は、震えていた。そして、徐ろに、フェンスの先へと向かった。その時、悟った。彼は自ら命を絶つのだと。しかし私は止める事が出来なかった。なぜだか、止めたら駄目な気がした。
「僕の世界は真っ暗だ。僕はそれが怖かったんだ。」
そう言う彼の目には、もう涙は無かった。彼はゆっくりと、飛び降りた。
彼が死んだ日から、私は後悔に埋もれていた。あの時、止めれば良かった。もっと早く、気づいていれば良かった。色んな感情に押し潰された。でも、心の底ではこれで良かったんだって思ってしまっている。
「君の〝大丈夫〟は、自分に向けてだったの?」
答えは分からない。でもきっと、そうなんだ。そうならさ、私にも〝大丈夫〟って言わせて欲しかったよ。
「私にとって君は、光だったよ。でも君にとって私は、君を苦しめる世界の一部だったんでしょ?」
あぁ、傍に居たくなかったんなら、さっさと離れてよ。期待しちゃうじゃん。
9/18/2024, 3:23:00 PM