Kanata

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「今この瞬間が大事なの」

 わたしは言った。誤魔化すように取り繕った言葉。夜中に帰ってきたわたしに、彼が今まで頭を抱えてじっと待っていたような、悲しげな態度で疑問を投げかけてきたものだから。
 君のやるべきこと、できることは他にあるだろう?
そんな風に言われて、わたしは頑なになった。
 過去に縛れたくない。
 未来のために今を犠牲にしたくない。
 なんて浅はかな言葉だろうと自分でも思いながら吐いた。
「犠牲ではなく投資だよ」
 彼はまっすぐにわたしを見て言った。切実な目をしていた。
「自分の将来に自分で投資するんだ。自分を信じて。それは大切なことだ。それができることは幸せなことでもある」
 そう、幸せなことだ。余裕のある人間のできることだ。
「そんな刹那的な生き方をしていたら、君がいつか壊れてしまいそうで怖いんだ」
 彼の言葉に胸がぎゅっと痛んだ。彼はこう続けた。
「失いたくない」

 その瞬間、わたしはどこかで自分が長く生きる気がないのだと悟った。
 わたしを置いて先に逝ってしまったあの人を、自ら置いかけることもできず、かと言って長く生きる気もない。自然と終わりが早く来るといい。

 わたしは、それを口にできずただ彼の目を見つめていた。



『刹那』

4/28/2024, 3:38:34 PM