名勿し

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Nの話をしよう。

Nは私の彼女で、かれこれ付き合いは長く、10年以上は
一緒に居る為か、彼女の奇行や、よく言えば天然、悪く言えば何も考えていない発言には慣れているのだが、
唯一慣れない物がある。

Nの澄んだ瞳だ。

私を見る時、Nは何時も新しい何かを望む様な、
私の反応を楽しむ様な、脅迫とも言える様な瞳を向ける。

私は人より身長が高く、女性にしては高めの170㎝以上
あるのだが、Nは150㎝くらいと小さめで、立っていると
確実にNが上目遣いという形になる。

私が人の頼みというか、Nの頼みに弱い事を知っている
かの様に、Nは私の腕に体を押し付けて可愛く控えめな
上目遣いを向けておねだりをする。

お前それ誰にでもやってんのか?

そう思う時もあった。

最初は鬱陶しいとしか思わなかったが、
今となってはNは私以外におねだりをしない事に
少しの優越感がある程には落ち着いた。

私はプライベートではカラコンを入れたりウィッグを
被ったり、その日その日で装いを変えるのが
好きなタイプだ。化粧も服装によってコロコロ変えている
ため、日によって雰囲気が違う。
対照的に、Nは普段から服の雰囲気も化粧も変えない。
髪型は私が担当しているのでコロコロ変わるが、
N自身、自分が気に入っている物をずっと使い続けるタイプ
の人間なので、一度決めたスタンスは基本崩さない。

カラコンを入れる事も怖がったり、つけまつ毛も
苦手意識を出す。だからNの目元は基本いつも変わらない。
変えないのか一度聞いてみたら、

「だって〇〇が見つけてくれなくなっちゃうでしょ?」

と、カラッと笑った。

飽きるほど見てるんだから見失うわけ無いのにね。

Nの目元を気に入っていた私は特に何も言う事なく、

「ふーん」

と話を流した。しかしNは食いついて来た。

「え、似合ってない?」

「いや、そーゆー訳じゃない」

「何々?」

興味津々な子供の様に澄んでいて、明るい瞳が私を覗く。
思ってみれば、私はNの瞳から逃れられた記憶がない。

「あ、いや別に…」

この瞳を向けられると、私は忽ちタジタジになってしまう。
脅迫とも思える瞳が逃してくれない雰囲気を発する。
冷たい瞳でない事が、私をより不安にさせる。

この優しい瞳をみんなに向けてると思うと、
何とももどかしい。

いっそその瞳をくり抜こうか。

何度思ったんだろう。

歪むことの無い瞳はいつもNの感情を示している。
不安ならば揺れ、涙を流し、嬉しくても揺れ、涙を流す。

その瞳が欲しい。その瞳が憎い。その瞳が惜しい。
仕舞い込んでしまいたい。

そんな瞳で、私を見ないで欲しい。
私を見離さないで欲しい。

相対した気持ちをグッと堪えて、
私はNに微笑みかけると、

今日もNは満足そうにその目を細くして笑った。


うん。その顔が良い。それが一番可愛い。


7/30/2023, 10:47:56 AM