「メーデー、メーデー、メーデー。聞こえますか」
ノイズ混じりの無線が、無人の管制塔に虚しく響いた。送信元は高度一万メートルを飛行中のはずの貨物便「アルファ502」。しかし、レーダーの画面には、ただの一点も光は灯っていない。
「こちら、誰でもいい。応答してくれ。視界が……真っ白だ。計器がすべて逆回転している。空を飛んでいるのか、海底を這っているのかさえ判らない」
パイロットの声は、恐怖を通り越して、奇妙なほど透き通っていた。
街の広場では、人々が足を止めて空を見上げていた。雲一つない快晴。雲雀の声がのどかに響く午後。それなのに、スピーカーというスピーカーから、そして人々のスマートフォンの端末から、この「幽霊通信」が流れ出していた。
「ああ、窓の外が見える。花が咲いている。……おかしいな。一万メートル上空に、真っ赤なチューリップが咲き乱れている。それから、誰かが傘を差して歩いている。あいつは……俺だ。地上にいる、子供の頃の俺が、こっちを見て笑っている」
街の気象観測所では、若手職員が震える手でモニターを見つめていた。湿度は0%、降水確率は限りなくゼロに近い。しかし、空の「色」が、墨を流したように変色し始めていた。
「高度が下がる。いや、上がっているのか? どちらでもいい。ただ、すごく懐かしい匂いがする。土の、埃っぽい、降り始めの雨の匂いだ」
ふっ、と通信が途切れた。
同時に、抜けるような青空から、大粒の雫がアスファルトを叩き始めた。太陽は燦々と輝いたまま、狐の嫁入りのような、奇妙な静けさを伴った雨。
翌朝の新聞の片隅には、小さな予報が載った。
『昨日の怪現象について、当局は電波障害の可能性を示唆。本日の天気、概ね晴れ。ところにより雨』
3/24/2026, 1:39:52 PM