ひなまつり
私には、上に四人の兄がいます。
母は姉が一人いて、父には兄が六人もおりました。
ええ、ビックリでしょう?何でも、父の家系は昔から多産らしいです。家系図を見てみると、中には十五人兄弟なんて記録もあるのです。一妻一夫で、ですよ。
父は、他の兄弟達とはやや歳が離れておりまして、兄達からそれはもう可愛がられたらしいのですが、何しろやんちゃな人達ですから。何度も何度も喧嘩をして、その度に泣かされたそうです。妹か弟が欲しい。というのが当時の口癖だったそうです。
一方母はと言いますと。母の姉はとても気が強い人で、母は守られる事もありましたが、窮屈な思いをする事も多々あったようです。母も弱い人では無かったので。妹が欲しい。と、誕生日の度、祖母にそうせがんだそうです。
だからでしょう。私が生まれた時はとてもとても喜んだそうです。今でも毎年この時期になると、親戚中から先程の話を聞かされます。お陰でもうすっかり憶えてしまいました。
ところでこの雛人形達。凄く立派でしょう?父方の祖父と両親が張り切って用意したものだそうです。生まれたばかりの私を見てすぐに、工房に電話しろ!と叫んで祖母に叩かれた。とよく聞きました。
まあ、ですから。この雛人形達は私が愛されている証拠。とでも言いましょうか。私にとって殊更に大切で、思い出深いものなのです。
この小さなお座敷一杯に広がる極彩色が、私は好きでした。いえ、過去形ではありませんね。今でも好きです。準備も片付けも大変だとは思いますが。
前述の通り、我が家は兄弟が多いので、一人部屋なんて貰えなかったんですよ。一人っ子の友人が、一人で寝るのが寂しいと零すその側で、良いなぁと羨んでおりました。
しかし、ひなまつりで雛人形達が出される一ヶ月間だけは違いました。
雛人形達を飾る、普段は物置になっている小さなお座敷が、私の部屋になったのです。
兄達は、昔に一度吊るし飾りを引きちぎってしまったらしく、それからお座敷には出入り禁止になっていたのです。私がまだ物心つく前の話だそうですが。
ですから、雛人形達が出されてから仕舞われるまでの一ヶ月間だけ、私は自分だけの小さな小さなお城を手にすることができたのです。
そこでやる事と言ったらお人形遊び一択でしたね。何しろほら、こんなに綺麗な雛人形でしたから。
その日も、そうしておりました。
私の一等のお気に入りは、一番上のあの二人です。ええ。お内裏様とお雛様、と呼ばれている彼等です。
実は、お内裏様というのはあの二人を指していて、お雛様というのは、雛人形達全体を指しているそうですよ?作詞者が間違えて、そのまま世に広まったらしいです。
ああ、すみません。人形の話ですね。
いつもの様に遊んでいると、人形のすぽんと頭が取れてしまいましてね。壊したかもしれない!一瞬怖くなりましたが、それ以上に人形の頭を間近で見れる事に興味が湧いたのです。
雛人形って、結構糸目でしょう?中の瞳の色が良く分からないくらい、細い目をしてるんです。
見えないそれが何となしに気になって、そっと首を傾けて覗いてみたんです。
そしたらまあ、ビックリ!目が合うんですよ!
ふふふ。怖いですか?安心してくださいな。光の反射でそう見えていただけのことですから。タネも仕掛けもちゃんと存在していることです。
私の真上に明かりがあって、それがお人形の細い目にハイライトを入れていただけのことなんです。この後も何回か、お人形と目を合わせてみたくって、おんなじことをやったんです。それで気づきました。
でも、当時の私もあまり怖いとは思いませんでした。怖がるにはあまりにも、私にとって雛人形というものは、身近で好意的過ぎたんです。
あら、続きもオチもありませんよ?ただの私の思い出話です。
《キャスト》
・語り手
ミニチュア大好き。
3/4/2024, 12:58:01 PM