深夜の道を工事用ライトが煌々と照らしている。本来三車線あるはずのところが一車線に区切られて、並んだコーンの内側で誘導灯を振る人が見える。段差による衝撃を緩和するために、アクセルを踏む足首を柔らかく固定してそこを通り過ぎた。
「ここ、いつまでやってるんだろ」
助手席に座っているシオリがそう呟いた。投げかけた疑問というよりは、隙間を埋めるための独白のようだった。
「年末までには終わるんじゃない?」
「だといいね」
工期の話などどうでもいいというのは、おそらく互いに分かっていた。話せそうなことがあったから食いついただけだ。車内で沈黙が訪れたときの癖で、彼女はシートを軽く軋ませた。
「工事の話じゃないんだけど」
「なに?」
右折ラインに入ってウインカーを灯す。規則的な音が空気を幾分か柔らかくした。
「町って、想像してるよりずっと変わってるよね」
ここもそうなんだけどさ。そう前置きをしてシオリは続ける。
「私たちはずっと住んでいるはずなんだけど、十年前とか写真みると全然違うんだろうなって」
右折をしながら、頭の片隅にその言葉を捉える。十年前の故郷の姿は、たしかに思い浮かばなかった。
「びっくりマーケットってあったよね。たしか」
何故か印象に残っているのは安直だったせいだろうか。近所にあった、つまりはもう潰れてなくなったスーパーマーケットの名前を、ふと思い出した。
返事はなかった。視界の端でその姿を見てみると、なにごとかを考えているようだった。
「そんなのあったっけ?」
どうやら記憶の底からびっくりマーケットの存在を思い起こしていたようだ。残念ながら彼女は覚えていないらしい。
「どこにあった?」
「近所の、今はマックになってるところ」
調べてみてと促すと、彼女はスマホを起動させた。
「あー、見たことあるかも」
画面の中に抽出された画像を見てから、彼女は頷いた。
そこからは町にあった懐かしい建物や、新しく整備される道路の話だったりをした。少しだけ寂しさを感じたのは、公園から遊具が撤去された話をしたときだった。
「今見てるものも、変わってくんだろうね」
彼女は窓の外に視線を向けていた。その瞳に映るどれだけのものが、十年後も変わらずにあるのだろうか。
「十年後は、他の車に乗ってるのかな」
「さぁ、出来れるだけ長く乗りたいではあるけど」
摩擦音が聞こえる。彼女がシートを撫でている音だった。しばらく撫でたあと、その手はシフトレバーに置かれた自分の手へと重ねられた。
さみしいね。彼女はそう締めくくった。
工事用ライトの光も町の建物も、この時間だっていつかは語られる側になるのだ。
二人分の寂しさをのせて車は走る、誰かの思い出を塗り固めた道路の上を。
11/18/2024, 7:57:56 PM