【無色の世界】
雨雲は益々色を濃くしていて当分……いや、夜半くらいまで降り続きそうだった。
雨は、嫌いではない。
余計な音を遮断し、視界をぼかして形あるものを曖昧にする。
すれ違う人々は皆、雨から身を守る為目深に傘を差し、表情もぼやけて窺えない。男か女か、あるいは大人か子供か……その程度しか判別出来ない。
人の姿も、自分の姿も水滴で輝きながら輪郭を失う。そんな無色の世界とも言えそうなこの曖昧さが、俺は好きだった。
それなのに――
河川敷の隅、小さな古い東屋に佇む見知った女性の姿に、俺は歩みを止める。
(どうして、君だけは……)
何故自分の眼はこんな日にも、いやどんな時も彼女の姿をはっきりと鮮やかに捉えて放さないのか。
その意味に俺が気付いたのは、つい最近の事だ。
4/18/2023, 12:44:52 PM