未知亜

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ㅤこの部屋の、古ぼけたポスターを眺めるのが好きだった。大きな黒い丸の中で、二つ並んだ黒い点の下に三日月のような赤い口が笑う。小さな子供が描いたと思われる絵だった。『母の日ありがとうセール』という文字が掠れている。

「毎度ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

ㅤ隣の部屋から、哲子さんの声がする。いつも先に隣でお話をして、それから私のところに来てくれるのだ。早く終わらないかなと、私は椅子の上で足をブラブラさせた。お気に入りの花柄のスカートがふわりと揺れる。

「おかあさん、もうしないって約束したじゃないの。ほら、お店の人にもう一度謝って」

ㅤやがてやってきた哲子さんに言われるがまま、私は頭を下げる。そうすれば一緒に帰れると知っているから。

「ほら、帰りますよ」

ㅤそうだね、私たちのおうちに帰りましょう。
ㅤ私を迎えに来てくれるずっと大切な子。ただ君だけと。




『ただ君だけ』

5/13/2025, 9:46:33 AM