「雪が消える前に」
12月初めの寒い日、駅前のカフェで彼女に出会った。
初対面なのに、不思議と懐かしい気持ちになる。柔らかなセーターを着た彼女は、湯気の立つココアを両手で包みながら窓の外を見つめていた。偶然隣に座った私たちの間には静寂が流れていたが、彼女の一言がそれを破った。
「冬って、どう思いますか?」
少し考えてから答える。
「寒いけど、嫌いじゃないです。静かで綺麗な季節だし。…あなたは?」
彼女は笑いながらココアを見つめた。
「好きです。でも、ちょっと怖いんです」
「怖い?」
「冬になると、大切なものが消えてしまう気がして…」
その横顔には、深い悲しみの影が落ちていた。私は何か言いたかったけれど、言葉が見つからなかった。ただ、彼女ともっと話したいと強く思った。
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それから、彼女と会うようになった。公園で雪を踏みしめながら話したり、イルミネーションの中を歩いたり。彼女は楽しそうに笑っていたけど、時折ふっと遠くを見つめる仕草が気になった。
「何か隠してない?」ある日、勇気を出して聞いてみた。
彼女は少し驚いた顔をして、笑った。
「隠してないですよ。ただ…冬って、終わるのが早いなって」
その言葉が心に刺さった。でも、深く聞くのが怖かった。
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12月の終わり、彼女からメッセージが来た。
「最後に、雪を見に行きませんか?」
指定された丘で待っていると、白いコートを着た彼女が立っていた。降り積もる雪の中、彼女は静かに口を開いた。
「ありがとう。楽しかったです」
「え、どうしたの急に?」
「私、これで…遠くへ行くんです」
「遠くってどこに?」
彼女は答えず、小さく微笑んだだけだった。
「また冬になったら、会える?」絞り出すように言った私に、彼女は一瞬だけ目を伏せた。
「うん…思い出してくれたら、それでいいんです」
そう言い残し、彼女は去っていった。雪の中に消えるその背中が、心に焼き付いて離れない。
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それから何度目かの冬が訪れた。毎年、彼女が立っていた丘に足を運ぶ。けれど、そこにはもう誰もいない。ただ、白い雪がすべてを包み込んでいた。
「冬になると…思い出してね」
彼女の声が風の中で微かに響くような気がした。雪は溶けていくけれど、彼女との冬だけは消えることがない。
11/17/2024, 10:38:24 PM