僕は今日も船を漕ぐ。3年前、この海で姿を消した彼女を探して。
つまらない喧嘩をした。この先に待っていた僕らの未来を考えたら、本当に小さくてくだらないことを言い合った。
ずっと島で育ってきた彼女にとって、この青い海とは離れがたいものだったのだ。結婚したら本土で一緒に暮らせるだなんて勝手に思って、僕は彼女に酷いことを言ってしまった。
「もうここに戻ってこれないなんて、そんなの絶対に嫌よ。」
泣きながら飛び出した彼女が向かったのは、確かにこの海だ。僕はあとを追いかけたのに、彼女の姿はどこにもなかった。
呆然とする僕の前にはただ、恐ろしいくらい静かに、暗がりの海が凪いでいた。
あれから僕は島に残って、船を漕ぎつづけている。君は、僕を許してないんだろう。だから帰ってこないんだ。この海のどこかで、君はひとり息を潜めているのに違いない。
今日は、いつもより穏やかな曇り空が広がっていた。冷たい風が心地よく、このまま君を探してどこまでも遠くにいってしまいたい気がした。
ふと、船の底が揺れる。
あ、と思ったときには、僕の身体は水中にいた。
青空のように遠のいていく水面に、透明な泡が吸い寄せられる。息ができなくて、重い身体はずんずんと暗い底に沈んでいく。
あがこうとする本能とは裏腹に、意識は自分を手放していく。僕を押し潰してきた後悔とともに。
ごめんね
懐かしい彼女の声が、聞こえた気がした。
5/29/2023, 10:54:40 PM