シシー

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 これはもう、敵わないな、と確信した。

 天性の才と言われれば、まあ、その通りなのだろう。
そんな不確かなものよりずっと本人の努力と挫折の積み重ねが形づくったものだと分かっているのに、理解したくないのだ。
指先まで丁寧な表現力としなやかな身体の運び、弛緩した動きに見えて神経全てを張った計算された動きの緩急。
大袈裟で誰かを真似た動きよりもずっと、その人自身にあった動きと魅せ方を熟知しているところ。
 何もかもが完璧で、あたしはもう、完敗だ。

 楽しくもない誰かの買い物の品を読み込む作業を繰り返す。この前観た動画はそのグループで一番推しているメンバーと同性のメンバーの2人で踊るものだった。1人はダンス自体は上手いが小柄なその人にはオーバーすぎる身体の使い方で違和感があったが、一番推しているメンバーはダウナーなように見えて指先の角度までこだわった丁寧な身の熟しをするすばらしいものだ。
メンバー全員が仮面をつけているのだが、踊りの癖というものは顕著に出ていて皆個性的である。参考にするダンサーを真似ているのはあたし1人だけで、他はみんな己に合う動きを心得ている。

 バカだからいけないのだろうか。
教養が足りていないから表現力が劣って、曲の理解度も浅く、動きの計算も自分に合うものの取捨選択もできないのだろうか。
恨めしい、あたしの足りないもの全てが、何もかもがもっと秀でていたならよかったのに。
 動画の収益は山分けでお小遣いにもならない微々たるもの。バイトを掛け持ちして、ダンスの練習をしながらあれこれ模索して自分に合うものを模索し続ける日々。
こんなの、嫉妬や妬みが生まれない訳が無い、そうでしょう?

――苦しい、苦しい苦しい苦しい

 この先、あたしはどうしたらいいのだろう。
就活できるほどの特技もスキルもない。でもお金はないし動画を撮る以外に便利で美味しい方法はない。
好きで始めたことが、こんなにも優劣と現実を運んできて苦しくさせるなんて知らなかった。周りはみんな褒めてくれてたから知らなかった。それがただの社交辞令だなんて知らなかった。全部が嘘だったなんて、知らなかったの。

「あたしは、どうしたらよかったの…」





 なんでこんなに苦しいの?




               【題:心の迷路】

11/12/2025, 4:26:34 PM