鏡の森 short stories

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#021 『天界からの落とし物』

 ある朝、毎朝恒例の掃き掃除をしていたら、緋袴を履いた少女が境内に落ちていた。
 中高生くらいの可愛らしい少女だ。
 ……空から美少女が降ってきた系のラノベが流行ったのって、もうずいぶん前のことじゃないか?
 真っ先に思ったのはそれだった。今の流行りは確か異世界転生やらやり直し系悪役令嬢ものじゃなかったか?
 どこかから迷い込んだだけと思わなかったのは、我が家の境内では昔からこういうことがよくあるせいだ。
 でかいものだとソファやテーブル、小さいものだとぬいぐるみやら文具やら食べ終えたスナック菓子の袋やら、時には古くさいブラウン管テレビやら電子レンジやらといった電化製品のこともあった。
 子供の頃、級友に話したら嘘つきだと決めつけられ、それはそれは面倒な思いをしかけたものだが、実際を見せたら「不法投棄じゃね?」で話が終わった。
 悔しかったので親父にねだって監視カメラを取り付けたが、そういう時期に限ってなかなか何も落ちてこない。
 空のどこかから出現した物が落ちてくる決定的瞬間が取れた頃には俺は進学していて、ついでに、監視カメラを取り付けた理由も忘れかけていた。
 その後も何かの飲み会で話したことはあったが、何せ空から落ちてくる物だけに大半は落下の衝撃で壊れていて役に立たない。役に立たないだけならまだしも廃棄の手間と金がかかるってんで、終いには憐れまれる始末だった。
 話を戻そう。我が家の上空がどこかの不思議空間につながっているのは確定だとして、だ。
 辺りに落ちていた棒切れで突くと、少女は小さく声を上げた。……生きてやがるよ。
 いや、これはさすがにただの不法侵入者かなと思いかけた頃、そいつはうっすら目を開け、身を起こした。
「おぉ……おおおおぉ!?」
 くりくりとした目で忙しなく周囲を見回す姿に、じわじわと嫌な予感を覚える。根拠はない。断じてないが……。
「おおぉ! ここが人界か! おぬし、名はなんと言う?」
 勢いよく襟首をつかまれ、がっくんがっくん揺らされる。
 多分、あれだ。俺は気づかないふりをして立ち去っておくべきだった。
 あかんやつを拾ってしまったと思ったが、どうやらあとの祭りのようだった。

 十分後、俺はそいつとともに客間にいた。
 本人が言うにはそいつは神様のはしくれで、人界にはかねてから興味津々だったのだと言う。
 家に入れる気はさらさらなかったのだが、仕方がない。休日には珍しく早起きしてきた娘に見つかってしまったのだ。
 そりゃ、あれだけ大声で騒がれればな。
「……で? 天界の神様とやらがなんで巫女姿でこんなところに?」
 そいつは両手で湯呑みを持ち、立ち上る湯気を不思議そうに眺めている。
「巫女姿、これか? 良いじゃろ? コスプレというやつじゃ!」
 なんて?
「近くの学校の制服と迷ったんじゃがのー。そっくりの制服は売ってなくてのー」
 そりゃそうだ。
「えぇと……それで? 神様はいったいなんのために我が神社まで?」
「なんのため……はて?」
 神様とやらは不思議そうに首を傾げる。
「なぜか知らんが、落とされる側の身になってみろと侍従に突き落とされてのー」
 コメントのしようもなく黙っていたら、首をふりふり、そいつは続けた。
「前々から、いらなくなったものはポイポイ捨ててたんじゃがのー。なんでもかんでも捨てるなと怒られてのー」
 お・ま・え・かー!!
「まあ、役に立っとるじゃろ? このソファ、わっちがずいぶん前に飽きて捨てたやつじゃもんなぁ」
「神様、神様? 大半はゴミでしたけど?」
 努めて冷静に俺は言う。神様とやらは再び不思議そうに首を傾げた。
「ゴミはゴミでも、役に立ってるじゃろ?」
 いや、だから大半は本当なゴミでね、と続けようとした言葉を俺は呑み込んだ。来春には小学生になる娘が神様とやらの横にぴったりはりついている。
「ねー、パパー。かおちゃんもね、お空の上から落ちてきたよー? ぴゅーんって」
 ……駄目だ、娘は可愛い。ゆえに娘の前で神様とやらを糾弾するわけにはいかない。
「おぉー、かお! かおはめんこいのー」
 並んでソファに座り、向き合ってキャッキャするさまは可愛らしいが、俺にしてみれば人質をとられているようなもんだ。
 この天界からの落とし物とやらをどう始末したらいいのか、答えが出るのは遠い先のことになりそうだった。

お題「落下」
2023.06.19 こどー

6/19/2023, 2:10:46 PM