とげねこ

Open App

ー疲れた…
それがアキラが床にへたり込んで、一番最初に脳内に去来した感情だった。
結果的にヒスイは助かる。
目の前の金属でできた寝台には、薬液が満たされており、ヒスイはその中に全裸で横たわり眠っている。伊−ハが言うには、蜘蛛の毒を排出、血液を薬液で洗浄し、同時に損傷箇所を修繕していくらしい。全工程が完了するのは丸七日間掛かるそうだ。
現在いる場所は、超極小器械撒布用移動式製造機、通称〝蟻塚〟内部、整備室の一画。床は病院で使用されているような、淡く光が反射する合成樹脂素材で出来ているようで、冷たさは感じない。
時計がないため詳細な時刻はわからないが、小さく曇った硝子窓からは、室内の光が反射してはっきりした外の様子は窺い知れないが、深い紺色に染まり、月ーだと思うがーは少しづつ移動しているようだった。
「あちらは、人用の寝具がある場所に行こうとしますか?」
入り口から声がかけられる。
「イハさん」
伊−ハ三六、蜘蛛に襲撃される死地にいた二人を助け、さらに死に瀕していたヒスイを救ってくれた機械だ。彼ー性別は不明だがーは自らを器械族と紹介し、この蟻塚を管理する無数の器械達と周遊しているという。ここがいわゆる彼等の集落なのだろう。
廊下から見える彼の現在の外観は、かつて欧州で流行した、黒死病治療にあたる医師がつけたとされる鳥の嘴がついた仮面のような頭部をもち、胴体は外で見たよりも短くずんぐりとしていて、両脇には細かく動く手指のついた腕に、脚は廊下に巡らされた線路に連結もできる無限軌道式のもの。総じて屋内での移動に適した仕様に換装していた。
ー部屋着、って感じなのかな?
ぼんやりと考える。
「それとも、糧食の補給をしますか」
食欲も睡眠欲も今はない。
「いや、要らないです…あ、でも、水を、頂けますか?」
「水ね。はいはい。わたくしがお持ちしますね。」
言い残して、廊下の奥に滑るように消えていく。
器械族自体があまり光を必要としていないのか、内部は全体的に暗い。
人族であるアキラがいるから、わざわざ整備室内の電灯をつけてくれているようだ。
ーこれから、どうなるのかな…
ヒスイの眠る寝台に背を預ける。
膝を抱えたその前で左手を右手で握って、座り直した。
不安に押し潰されそうになり、アキラはそれを抑えつけるように、右手の爪を左手に食い込ませていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
※ミッドナイトのお題です。

1/28/2024, 10:55:51 AM