ああ、気づいたら、私は家になっていた。
その家はどこにでもありそうな木造の古い一軒家だった。
「ゔー、ひ、ひっく」
どこからか女の子の泣き声がする。
私は意識を向けた途端、その場所に移動していた。
玄関だった。
制服姿の女の子が背中を丸めて、肩を上下させている。
むせび泣いているようだった。
なんだか私の胸がぎゅっと苦しくなる。
そして、家になった私の脳裏に、映像が流れてくる。
「また、エリは学校に行っていないのか」
そう低い声がする。
映像に慣れてくると視界がクリアになり、声の主が家の居間で誰かと話している様子が視えた。
40代後半ぐらいの男性がため息をついていた。男性は白髪が際立って見えて実際の歳より老けてみえる。
「そうなの、担任の宮田先生から電話があったわ」
向かい側に座っている女性は少し疲れたように話している。
「何だって」
「いじめはないって」
「そうなのか」
少し語尾に疑問符をつけながら男性は答えても、二人共やつれているようで沈黙が始まる。
家の私にはここの家庭の事情が映像が流れ込んでくるお陰で少しずつ理解できるようになった。
あの制服姿で泣いていた女の子はエリという子で、どうやら中学2年生らしい。
不登校で学校には行っておらず、一番最初の映像で観たのはあの子の両親だった。
家の私は腕を組んで(気持ち的に)、悩んでいた。
この家庭の状況は家の私から見てもかなりの試練を迎えていて何よりも空気が暗い。
ちらっとカレンダーを見ると家になって早1ヶ月たった。
ちなみに家の私は今どこにいのるかといえば、不登校になっているエリの部屋にいた。
エリは眠っている。
部屋の中はこざっぱりとしていて、壁には最近のアイドルの写真が貼ってあり、あとは机に写真立てがいくつか伏せてあった。
私は写真立てに写っている人物を見ようとした。念能力の力でカタッとひっくり返して写真立てを見ることに成功した。
中学校に入学したエリと隣に写っているのは杖を持ったお婆さんだった。
もっと良く見ようとしたら、後ろで、
「お祖母ちゃん」
とエリが寝言を言いながら涙が一雫、頬を伝ってこぼれて落ちていった。
(お祖母ちゃん)
何か胸をよぎるものがあったが、分からず、とりあえず家に意識を戻した。
「シロ、シロや」
懐かしい声がする。
「お前は賢い子だねえ」
「ワン」
「お母さん、もうそろそろ」
大切な貴女の娘が口元を抑えて奥歯を噛み締めている。それでも温かいものが頬を伝っている。
「ああ、分かっているよ。シロ、お前のことが大好きだよ。お前を残していく私を許しておくれ」
そう皺々の手を私の白い毛並みの上に置いた大事な人はか弱い息で続けた、
「私の大事な家族を守っておくれ」
「ワン」
「お前とまた会えるのをおじいさんと楽しみに待っているからね」
「ワン」
私は大切な貴女の手にすりすりとして、伝えようとした。
私は貴女との約束を……。
安らかな貴女の目が完全に閉じてしまう前に、伝えようとした。
ハッと目を覚ますと、まだ夜が明けきらない明け方だった。
私は再度しっかりと目を瞑る。
そして、エリの部屋に意識を飛ばす。
エリは眠っていた、黒髪が伸びていた。
カレンダーを見ると前回見たときと日付が変わっていないので、違和感を感じてデジタル時計を見る。
家になってひと月が過ぎて、えーと今はさらに6ヶ月が過ぎていた。
「うーん」
エリが目を開けた。
そして、目があったのだが焦点が定まっていなかった。
「今、何時だっけ。いいや、もう分からないから」
とトイレに行こうと立ち上ったみたいだった。
お手入れされた髪は四方八方と伸びていて、ぼうぼうとしていた、そして、青白い顔にどこかボーっとした目をしたまま部屋を出て行った。
5/13/2024, 3:18:41 PM