長くなりました……
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【そっと包み込んで】
騎士として第三王子にお仕えするように。
私がその命を受けたのは、まだ15歳の時だった。将来王太子になる可能性が高い第一王子ではなく、そのスペアの第二王子でもない。どうやら出世はあまりできそうにないと悟った。
私は優秀だと自負していたから、正直不満だった。どうせ仕えるなら将来の国王に仕えたいと思った。悔しくてどこか投げやりになっていたかもしれない。
だからというわけではないけれど。
私は主人を守れなかった。
どうして側を離れてしまったのだろう。
第三王子が乗っていた馬車が襲われて、護衛が全滅。王子は行方不明……しかし、生存は絶望的だと言われた。
お仕えしたのはたった三年。
第三王子はまだ14歳だった。
なのに、何故。
私は騎士を辞し、家を出て、貴族の地位も捨てて『もうどうなってもいい』という気持ちで旅に出た。その旅先で。
出会ってしまった。間違いなく。
「どうした、ヴィンス」
冒険者仲間のエディが、ぼんやりしていた私の肩を叩く。
「クロに見惚れてたか?」
「クロ……?」
「ああ。誰も本名を知らないんだよ。黒髪黒目だから『クロ』って。安直な偽名だよなー」
私の視線の先には、小柄な青年がいた。確かに黒髪黒目。しかし、あれがもし金髪に緑の目だったら……彼は私がお仕えしていた第三王子にそっくりだ。
「おーい、クロ」
エディが青年を呼ぶ。私と目が合って、青年はひどく驚き、後退った。
「クロ? おい、なんだ。どうかしたか?」
青年の唇が『ヴィンセント』と、そう動いて、くるりと背を向け走り出した。
「クロ? あ、おい。ヴィンス!」
私は咄嗟にあとを追った。ここで逃してはいけないと思った。絶対に。
「待って。待ってください! お願いです!」
クロが、あの青年が、かつての主人の成長した姿だとしたら。どうにか生きていてくれたのなら。私はどうしても詫びたいと思った。守れなかったこと、親しくなろうとしなかったこと、軽んじてしまったことを。
「待ってください、話を!」
青年は思ったよりも足が速く、私には土地勘がなかった。
「〈バインド〉」
見失うくらいならと、私は魔法で彼を捉えた。乱暴に縛り上げるのではなく、そっと包み込んで動きを止める。
「離せ」
睨みつけてくる目の力強さにドキリとした。王子はこんな顔ができる方ではなかった。穏やかで、優しく、大人しい少年だったはず。
「あなたは……ファビアン殿下、でしょう?」
「何をしに来た」
私を睨む王子からは、不信と警戒が強く伝わってきた。
「謝罪をしたくて」
「謝罪? わざわざ死者を探し出して、することがそれか?」
「あなたを見かけたのもこの街に来たのも偶然です」
「信じろと?」
「殿下……生きておられたなら、何故、このような場所に」
ファビアン殿下が着ているのは魔法士のローブだ。エディとは知り合いのようだし、冒険者をしていたのかもしれない。
「城に戻ればまた殺される」
「え……?」
「お前。何も知らないのか、ヴィンセント。僕の馬車を襲ったのは王妃の手先だぞ」
「まさか」
この方は王妃殿下の子ではない。しかし、第三王子がすでに王太子となった第一王子の脅威になるとは思えないが……
「父上は僕を立太子させたがっていらした」
「そうなのですか?」
「王妃よりも僕の母が可愛いのだと……くだらない。僕が望んだことじゃない」
国王陛下が、そんな理由でこの方を王太子にしようとした?
だからファビアン殿下が襲われて、その首謀者は王妃殿下だったと?
「僕は国には帰らない。このまま死んだことにしておきたい。見逃してくれ、ヴィンセント」
「私はあなたを国に連れ帰るつもりなどありませんよ」
「……そうなのか?」
「はい。私も祖国を捨てたのです。もう、家名も名乗れません」
「どうして」
「主人を守れなかった騎士に居場所など……」
「そうか……僕のせいだな」
「いいえ。私がいけなかったのです。お守りできず、申し訳ありませんでした」
「いいんだ。あの日はわざとお前を遠ざけた。何か起きるのはわかっていたから、巻き込みたくなかったんだ……」
それから、私とファビアン殿下……クロ青年はたくさん話をした。離れていた時間を埋めるかのように。
王子の髪と目は魔法で偽装されていた。やはり冒険者をしているらしく、特定の仲間はいないという。
数日後。私はクロの隣に立っていた。相棒にしてくれと頼み込んだのだ。
この人はもう、私の主人ではない。でも、必ず守ると、そう決めている。
5/23/2025, 1:41:32 PM