真夜子

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不老不死の鈴夜さん
「あなたとわたし」
「意味がないこと」

   不老不死の鈴夜さんが言う事には、あなたとわたしは『違う』のだと、鈴夜さんの店で一番人気のソファーで寛ぎながら、ポツリポツリと語り始めた。
 定休日の気怠い午後に、二人でお茶を飲みながらどうでもい事を語り合う、そんなユルい親睦会でのことだ。
「わたしとあなたは違うのだと、ちゃんと認識しておいて欲しいの」
「そんなの、当たり前じゃないですか。他人なのですから」
 ううん、と鈴夜さんは首を振る。
「気遣いとか尊重とかの話ではなくてね、非時香果(ときじくのかぐのこのみ)を食べた者と食べていない人の話。不死者と生者の、そう──」
 言いかけて黙る鈴夜さんを見て、わたしは首を傾げた。なんだか今更な話だ。
「不老不死とそうじゃない人の違いなんて、年老いて死ぬか死なないかでしょう?」
「──化け物と人間、よ。ちゃんとその認識は頭の片隅に置いていてほしいの」
 ソファーで寛ぎながら話すには、少し真剣な声色だった。わたしは佇まいを直して話を聞く体制を整える。
「鈴夜さん、またネガティブモードですか? ハーブティーとか飲みますか?」
「そういう事ではないのよ……」
 眉根を寄せてシワを刻む鈴夜さんに、わたしは嗚呼と一人で合点が行った。
 わたしを拒絶して安心したいのだ。
 不老不死だから、人との付き合いは長くとも60年ほど。それも正体をバラして受け入れてくれたらなので、普通なら長くとも10年で怪しまれて別れがくる。
 私は鈴夜さんが不老不死という事実を知った上で友人となったので、そんな貴重な理解者を今後失うという恐怖感や不安に押し潰されそうになっているのだろうと思った。
「大丈夫ですよ、わたしは体は健康だし、事故や怪我に気をつけていれば、まだまだ一緒に居られますよ」
 そう言えば安心するかと思って腕を上下に振って見せたが、鈴夜さんは悲しげに微笑むばかりだった。
「あなたのそう言う所、とても素敵よ。でも目の前にいる化物は900年も生きている、人の形をしているけれど、中身はもう化け物なんだって事を理解した方がいいわ」
 鈴夜さんは少し呆れたように溜息をついた。わたしが楽観的すぎると思っているんだろう。ま、否定できないけども……。
「鈴夜さん、そんな事を言っても、わたしは友達をやめないし、離れたりしませんよ。そんな意味のない話より、もっと楽しい話をしましょう」
 いい加減に面倒になって、わたしは鈴夜さんの気持ちも汲まずに窘めた。
 彼女は苦笑すると、お茶を一口飲んでジッと水色を眺めてから「そう、ね……」と頷くと、いつもの穏やかな表情を浮かべた。
「じゃあ、いつものように昔話をしましょうか」
 不老不死で全国を練り歩き、今はこの地域でひっそりと寂れたブックカフェを営んでいる彼女の生き字引に期待して、私は鞄から一冊の本を取り出した。
「あ、なら大学のレポートの為に読んだこの本にある、ここの処刑場についての話とか聞きたいです」
「あら、あそこねぇ……あ、とっても素敵な駈け落ち話があるのよ、女川飯田口説って言ってね、家臣と奥さんが──」
 生き生きと話し始める鈴夜さんに安堵しながら、わたしはその話に聞き惚れた。



   ──私を人間だと、友達だと言うあなた。
 私は、あなたを私と同じ者にしてしまいたい……と思い始めている化け物なのに。

11/9/2022, 10:01:38 AM