私の職場の私立図書館の、児童書を置いてる閲覧室に、雪や冬に関する本の特設コーナーができた。
雪の結晶だけ集めた写真集とか、雪の昔話の絵本、
シマエナガの絵本に隠れて、キツネが雪原にぶっ刺さってるシュールが表紙の書籍もある。
誰が置いたか知らないけど、「ワサビのいちねん」っていう本まで一緒に置かれてて、
いつぞやに見たような気がする女の人が、それを子供に読み聞かせしてる。
「ワサビの美しい、白い、小ちゃな花は、
冬への別れを告げる、春の始まりに咲くのじゃ」
同僚というか先輩というか、ともかく「付烏月」って書いてツウキって読む付烏月さんが、
そのワサビの女性を見つけるたび、児童書の閲覧室から引っ張り出して連行してる。
「はいはい。ワサビオバケさんは俺と一緒に向こう言ってましょうねー」
「こりゃ。カラス、おぬし、邪魔をするでない。
ワタクシは今、このワラベたちに、崇高なワサビ様の知恵を説いておるのじゃ」
「はーいお邪魔しました、お邪魔しましたー」
「離せ。離さぬかカラス。これ。許さぬぞよ」
あーはいはい、あーはいはい。
付烏月さんはワサビさん(仮称)を連れて、消えていく。ワサビさんに絵本を呼んでもらってたガキんちょは、ワサビさんにバイバイって手を振ってる。
ひとり、児童室に親御さんが迎えに来た。
常連さんだ。私は向こうを知らないけど、向こうは私を知ってて、同じアパートの階らしい。
今年上京してきたらしくて、冬への準備済みましたか、って昨日聞かれた。
おこたは出したけど特に何もしてない
(冬への準備とは)
12時になって、お昼休憩とご飯のために図書館職員室に戻ってきたら、
藤森っていう前職からの先輩と、例の付烏月さんと、それから後輩になったアーちゃんが、
集まって、ごはん食べて、話をしてた。
「冬への準備?」
俺「は」、一応ウィンターブーツ新調したよん。
付烏月さんは言った。
付烏月さんの前には紙箱が置かれてて、中に淡いクリーム色した付烏月さんの故郷の郷土菓子。
ススキまんじゅう、って言うらしい。
11月11日近辺、丁度寒くなる頃合いに、皆で集まって甘いおまんじゅうを食べる風習があって、
それを、ススキこう、ススキ講と言うらしい。
これもいわゆる冬への準備だ。
「ちなみに、俺は、ブーツ新調したけど、
高葉井ちゃんの好きなルー部長、ソリ買ったよん」
「ソリ。 ……そり?!」
「うん」
「ゲレンデで乗るやつ?」
「うん」
「ルー部長?」
「うん」
「なんで?!」
「覚えたから、乗ってみたいんだってさ」
「なんで、」
「しらなーい」
近々、11月でも12月でも、お気に入りの山が積もったら行って乗ってくるってさ。
付烏月さんはそう言って、全然気にしてない風。
「ルー部長が、ソリ、……ソリ?」
スノボとかスケートとかじゃなくて?ソリ?
私は付烏月さんからの速報に、目が点々。
付烏月さんから貰ったススキまんじゅうを2個3個、ぱくぱくしながら、
付烏月さんが言った「ルー部長」が雪山でソリを乗ってる状況を、4K8K高精細の脳内映像で、
想像して、リピ再生して、冬への理解を高めて、
結果、ポカン。
開いた口が塞がらず、昼休憩が終わった。
11/18/2025, 9:58:48 AM