お題:桜散る
屋敷の庭の隅に咲いている枝垂れ桜も、もう見納めだった。明日をまたず散ってしまうだろう。
「幻想的だね。いや、幻想か」
ひらひらと舞う花弁を見つめながら、夫はポツリと呟いた。
「梶井基次郎だっけ。桜の下にはってやつ。あれを思い出す」
「そうですね。あと、柳田國男」
「よく知ってたね。あれは君の好みじゃないと思っていた」
夫は苦笑していた。私は唇を尖らせる。だって、読書はあなたの趣味だったから、必死に、たくさん読んだのですもの。
「さて、時間だ」
「はい。次は夏ですね」
「ああ。……でも、君はもう、この家を出ていいんだよ」
私は顔を歪めた。酷な事を言う人だ。
「ナス、用意しませんよ」
「怨霊にでもさせる気かい」
「取り憑いてくださるなら本望です」
夫は、とても悲しそうに笑った。心配をかけていることはわかっている。けれど、私はまだ現実を生きることができない。
夫が何かを言おうを口を開いたそとのき、一陣の風が吹き抜けた。残り僅かだった花びらを全てさらっていって、瞬きの間に、夫は霞のように消えてしまった。
「……潔くなくて、ごめんなさい」
せめて、桜が魂魄を吸い切るまで。それまでには。私は顔を覆って蹲った。
4/17/2024, 4:21:12 PM