芝野郎

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ぎらぎらと輝くネオン、街灯。もうじき夜も更けると云うのに、天高く伸びたビルの四角い窓は、未だ幾つか光を灯していて。狭い道路を縫う様に走る車輌だとか、路地を駆ける自転車だとかのヘッドライトが、ちかちかと瞬く。宙を見上げれば、其処には昨日切った足の爪みたいに細い月と、点滅しながら移動する航空機の光が見えるばかりだ。
眠らない街、とは良く言ったものである。部屋着でベランダに座り込み、煙草をふかしているわたしも、そんな街の一部だった。明日も仕事で朝早くに起きなければならないと云うのに、如何にも眠れる気がしなくて、こうしてぼんやりと景色を眺めている。
そういえば、こんな風に街を見るなんて初めてかもしれない。何時もは日付が変わる随分前に布団に包まっているし、休日もあまり外に出ない上に、丑三つ時迄呑み歩く様な友人も恋人も居ないから。起きて、働いて、寝て、偶に買い物やネットサーフィンや読書をする。唯其れだけの毎日の中、此の光景は少しだけ新鮮だった。子供の頃住んでいた片田舎に比べると、星なんか一つも見えやしないし、聴こえるのは虫や蛙の合唱ではなくて老若男女の騒ぐ声ばかりだけれど。明日になれば、今見た物も忘れて忙殺されているかもしれないけれど。
「もう少し、生きてみても良いかなァ」
短くなった煙草を灰皿に擦り付けて、のそりと立ち上がる。風呂上がりで濡れた儘だった髪は、すっかり乾いてしまっていた。風邪をひいてしまうかもな。そんな事を考えながら、部屋に入って、窓の鍵を掛け、カーテンを閉めた。次に此れを開ける時、外は眩しいばかりになっているだろう。明日もまた、何時も通りの朝が来る。

7/8/2023, 4:13:45 PM