絵画は意外とおしゃべりだ。もちろん絵の声なんて普段は聞こえないけれども、ちょっと集中して耳を澄ましていると、彼らの世界の音が聞こえてくる。ラジオのヘルツを調整するような感じだろうか?最初は難しいかもしれないが、コツさえ掴めば彼らの声は誰でも聞くことが出来る。
私の日課は、枕の下に絵を敷いて眠ることである。音が無いと眠れない私にとって、絵画はちょうどいいBGMになる。フェルメールの室内画は生活音が耳に心地いいし、ブリューゲルやボスら北方ルネサンス、あとは日本の浮世絵なんかもガヤガヤと活気に溢れた街の音が楽しい。風景画は自然音を感じながら眠りたい時にぴったりだ。
美人画もいい。顔の良い女性は踏んできた場数が違うのか、古今東西一様にしてみな話がうまい。睡眠導入のラジオに最適だ。美人ごとに性格が違うのも良くて、例えば菱川師宣の美人は上品な大人の女性だけれども喜多川歌麿の美人は勝気なおしゃべりだし、ラファエロの女性は癒し系でダ・ヴィンチの『モナリザ』は意外と下世話だったりする。
美少年画も悪くないのだが……何故か皆ちょっと雰囲気がセクシーでいたたまれない。吐息多めで誘惑してくるので、特にカラヴァッジョの美少年などは青少年には刺激が強いんじゃなかろうか。
北斎の『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』はちょっとばかり期待外れだった。波の音を聴きながら眠りたかったのだが、想像しているよりもダイナミックな、明らかに嵐で荒れた海の音が聞こえてきてとても眠れたものじゃなかった。そりゃあそうだ。今度はモネの『印象・日の出』辺りで再チャレンジしてみようと思う。
お気に入りはマネの『草上の昼食』である。着衣の男2、裸の女1でピクニックをしているちょっと変な絵だ。裸の女性はオマージュ元があるとか無いとかいう話だが、私は美術家では無いので割愛する。まあ、そんな彼らが草上で織り成す語らいが結構面白い。昨日の議題は「三連パックの納豆、最後の一個を目前にして突然飽きがきて腐らせる問題をどう解決すべきか」だった。やけにリアリティのある日本人すぎる悩みだ。本家ではなく日本製の画集のコピーなのがいけないのだろうか。ともかくどうでもいいけどちょっと共感できる話題を延々と話し合う緩い空気感にハマってしまって、最近はもっぱらこれを聞いている。今日は「お徳用のはちみつ、いかにして固まる前に使い切るか」というトークテーマらしい。確かに戸棚の奥にはちみつ残ってるな、と自分の生活に思いを馳せつつ、今日も彼らの会話を覗き聞きしようと枕の下に絵を忍ばせた。
(耳を澄ますと)
※登場させた絵を誹謗する意図は全くございません。ふざけたフィクションとしてご覧下さい。
5/5/2024, 8:40:51 AM