はた織

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「もう二度と、殺意を抱かないように切っているのですよ」
 男は黒い紙を鋏で切っている。切られた紙には所々穴が空いて、光に透かして見ると文字が浮かんできた。一筆書きで綴ったような言葉の列である。黒い文字には殺、死、血など刻まれていた。
「これって、前に紹介したきりえ百首の真似?」
「エエ、そうです。実に良い本ですね。こうして、ワタシの創作欲が満たされて最高です」
 彼女は床に落ちていた紙を拾った。彼の切った黒い紙屑の中に埋もれていた言葉を指でつまんだ。影の中から文字がずるりと現れ出す。最後の言葉には白骨と刻んであった。
 彼女は彼の切り絵の短歌に見惚れている。何の言葉があるのか、理解するまで時間がかかったが、今では自らの呼吸音が聞こえなくなるほどに夢中になっている。
「ワタシの作品で人を感動させて泣かせてみたいのですが、できそうでしょうか」
「こんなおぞましいものでは、さすがに無理だと思うよ。でも、良い短歌だ。じぶんはずっと見ていたい」
「人の殺意を永久に見たい趣味がおありで?」
「どんな想いが込められていようが、読書をすれば綺麗になれる。そう、安野光雅が言ってたよ」
「殺意に磨かれた美ですか、なるほど。どうぞ、その顔をよく見せてください」
 彼は彼女の顔を覗き込んだ。椅子に座っている彼と床の上で屈んでいる彼女の視線が合う。先の尖った黒い紙に照らされた彼女の肌は白く反射していた。血の気ない不気味さと陶器のような神秘さ。白い骨が皮膚を突き破って現れたような異質の白さである。
「永久に葬りたい殺意を、須臾にきらめく美麗に変えてしまうなんて、ワタシは感動のあまり泣いてしまいそうです」
「ええ、本当に泣くの?」
 虚言に聞こえた彼の言葉は真意であった。アハハのハッハと、男は笑いながら泣いている。彼女の耳には、泣きながら笑っているように聞こえた。
 彼女が彼の頬に流れる涙を手の甲でそっと拭おうとしたら、彼の視線はまだ真っ直ぐであった。
「前に沼に沈めたあの骨が、アナタの白い肌によみがえってくれて嬉しいのですよ。ああ、もう二度と抱きしめられないのかと思っていました」
               (250324 もう二度と)

3/24/2025, 1:08:06 PM