数十分間にわたって身体を揺らしていた振動が止まり、瞼の内側まで光が差し込んできた。
車のエンジン音が途絶える。鍵を抜く音、その反動で複数の鍵たちがぶつかる金属音。そしてシートベルトが外される音、ドアが開く音が続く。
「着いたよ。起きなさい。」
慣れ親しんだ心地よい揺れに、いつの間にか微睡んでいたようだ。
リクライニングされた助手席のシートを元に戻すと、緩慢な動きではあるが、私もまたシートベルトを外し、車から脱出する。
空港から実家までは20分ほどだったろうか。今回の帰省は、仕事を終えてバスに飛び乗り、そのまま空港へというスケジュールだったため、母の運転する車での移動中につい眠ってしまった。
車の外に出ると、ツンとした空気が頬を撫でる。
冷たいが、美味しい空気だ。
肺の中に、これでもかというほど空気を取り込むと、体の中にまでひんやりとした温度が伝わる。
車のバックドアが開けられている。
お土産の入った袋は母が持っていってくれたようなので、残されたキャリーバッグを車から引き摺るように下ろし、バックドアを閉める。
白い息を吐きながら、夜空を見上げる。
ーーーそうそう、この時期はオリオン座がはっきりと見えたっけ。
一人暮らしをしてる家の上空にも、同じ星々が浮かんでいるはずなのに、オリオン座と顔を合わせるのは久しぶりのように思える。
それだけ地元の空は澄んでいて、はっきりと星座が見えるのだ。
こんな夜中に姿を見られることもないだろうと、不恰好にも首を90度上に傾けて、そのままキャリーバッグを引き摺りながら玄関へ向かう。
オリオン座と目を合わせたまま、できるだけゆっくりと。
とはいえ3分くらいで、玄関の庇がオリオン座との面会を阻んだ。
そこからは現実に引き戻され、手洗いうがい、お風呂の準備。人工的な照明の光が私を照らす。
疲れと眠気で緩慢になりながら動く私の脳裏に、わずかに星々が焼き付いている。
そういえば、家の前の道路に寝転んで、母と2人で夜空を見上げたことがある。
この道路は、連なる住宅に囲まれた袋小路になっていて、夜遅くにはほとんど交通がないからと、母が寝転んで、私はそれを真似した。
「自然のプラネタリウムやねえ」
母は目線を夜空に向けたまま言った。
私はランドセルを枕にして寝転がったように思い出されるので、あれはきっと中学受験の塾から帰ってきたところだったのだろう。
あの頃は妹もまだ幼く、母は育休から明けたばかりだった。あの夜もスーツで道路に寝転がっている母を見て、この人が時々突拍子もないことをするのは忙しすぎるからなのかなどと子どもながらに思ったような気がする。
ただ、塾からの帰り、車での移動中は、親が妹を忘れて私だけを見てくれているように思えて、好きな時間だった。
道路で開催された自然のプラネタリウムはその延長。
母にとっても、大事な時間になっていたのだろうか。
「明日の夜はちょっと散歩しようかな。さっき星が見えて綺麗やった。もうちょっとゆっくり見たいし。」
「そうやろう。向こうでは見えんろうきね。まあいいけど、気ぃつけよ。」
「うん。」
「そういえば、昔道路に寝っ転がって自然のプラネタリウムしたね。」
「…うん。またしたいねえ。」
16.星座
10/5/2024, 5:24:54 PM