居酒屋を出て、夜風から守るようにその赤い手を握ると、彼女はからっとした笑顔で言う。
「ごめんね」
軽い謝罪とは裏腹に強く引かれる。どうやら否定ではなく、申し訳ないという意味だったようだ。
彼女は子犬のようにふらふらと歩いた。すっかりお酒が抜けた僕は、リードされているようで僕がリードしていた。このままどこに行くつもりだろう。彼女の家だろうか。
僕は彼女の一割も知らない。今日初めて会ったのだ。
「どこに行くの」
「おうち」
そこから15分ほど歩いたと思う。もうほぼ無言で、たまに僕の肩に、彼女は頭を乗せた。
やがて彼女は見上げた。そこが自宅だろうか。僕の手を雑に振りほどいて、アパートの階段を駆け上がった。僕は立ち竦んだ。
「ごめんね!」
小さく手を振っていた。僕も手を振り返す。大きくドアを開いて、ガシャンと閉めた。
最初からわかっていた。僕はそうでも彼女はそう、ではないのだ。僕は心の中で「ごめんね」と呟き、下心に別れを告げた。
5/30/2024, 6:15:08 AM