誰もいない夜のコンビニで、 君は髪留めを万引きした。
……わけではない。
誰もいない夜のコンビニで、
君は髪留めを万引きしたみたいな顔をしていた。
……もちろん、そんなわけじゃない。
僕は、 君がその髪留めの会計を済ませたのを見ていた。
透明な飾りのついた、小さな髪留め。
普段の君は、 髪を結ぶことすらほとんどない。
髪はいつも無造作に下ろしたままで、伸びた前髪を鬱陶しそうに払う仕草ばかりしていた。
だから、 その髪留めを手に取ったこと自体、 少し意外だった。
君はレジを離れると、 それをポケットへ滑り込ませた。
その瞬間、 僕と目が合った。
君はなぜか少しだけ慌てた顔をして、 髪留めを取り出し、 そのまま僕の手に握らせた。
「捨てといて」
そう言ったきり、 君は先に店を出る。
僕は、 彼女の指の熱が残ったそれを、 しばらく握ったまま歩いた。
別に、 何も悪いことなんてしていない。
なのに、 夜風の中で、 僕たちだけが少し社会から外れている気がした。
君は前を歩きながら、 振り返りもしない。
「まだ持ってる?」
僕は答えなかった。
代わりに、 「なんで捨てるの?」 と聞いた。
君は少し下を向いて、 「別に」 とだけ言う。
街灯の下で、 透明な飾りだけが、 掌の中でその存在を主張した。
結局、 僕はそれを捨てられなかった。
机の奥、 誰にも見つからない場所にしまったまま、 時々、意味もなく取り出してしまう。
君はもう、 あの髪留めのことなんて忘れているかもしれない。
でも、あれはたぶん、 君が一度だけ、 秘密を僕に預けた夜の形だった。
題 二人だけの秘密
5/3/2026, 11:20:46 AM