ふゆもと

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 なんの変哲もない路地裏の隙間が男の職場であった。ザッと敷物を敷いて、空き缶と座椅子を一つずつ用意したら開店前の準備は終了である。
 張扇でペンと床を叩いて「さあ、よってらっしゃい!」と声を張り上げる。噺売りは身一つでできる身軽な商売だが、その客寄せは力量の差が出るところの一つだ。身振り手振りでちょいとすれば、あっという間に年頃の男女が五名ほど集まった。出だしには悪くない人数だと張扇で手を叩いて乾いた音を一つ響かせて、男は三日月なりに目を細め笑んだ。
「さてさて、みなさんお揃いのご様子。ならば、さっそく人間に恋をしたおろかな猫の噺をひとつお聞きいただきましょうか」
 ある一匹の猫が、一人の人間と出会って永遠の離別を経験するまでのなんてことのない物語。
「――そうして亡骸になった人間とともに逝けなかった猫は、冬空を彷徨う羽目になったのです」
 パタンと張扇を静かに打ち鳴らし、話を締めくくった男は空き缶をずいっと観客の前に差し出した。
「この話のお代はお客さんにつけてもらってます」
 さあ値打ちを決めてくれと言い募るものだから、本日の最初の客たちはそれぞれ顔を見合わせて彼らは財布の中からお金を取り出し代金をジャラリと入れた。彼らにとってこの噺は小銭分の価値だったらしい。
「おやまあ、今日のお客さんは耳が肥えていらっしゃるらしい。どんな恋の噺をご所望で?」


※思いついたけどちょっと19時には間に合わないので途中で投稿します!


【恋物語】

5/19/2023, 9:18:42 AM