もう見飽きた廊下の先には、化け物がいる。
日々、ガラガラと音を立てながら点滴棒を引き連れて歩く。倒れにくいように設計された滑車はけっこう横幅があるから、よく足をぶつけて躓いてイライラする。
点滴の残量が減ると少し歩いただけで逆流するし、ポンプついたら電気がチカチカして眩しいし、食事もシャワーもあちこちルートが引っかかるから邪魔。
どんなにイライラしてても世話をしてくれる病院の人たちに八つ当たりするのはお門違いで、こんなにたくさん人がいるのに話し相手がいないから一人悶々とするしかない。
ボッチ入院が終わったときとてつもない解放感を感じた。内心全力でスキップしながら某羊飼いの少女を追いかけ回していたら、今度は私が追われる番になった。
テレビ代をケチってニュースを観てなかったことを後悔した。バスに乗ろうとしたら、乗客ではなく気持ち悪い何かが降車口から這い出てきて、乗車口はその名の通り巨大な口がぱかりと開かれている。
叫ぶ気力も体力もないから目を逸らして静かに院内に戻った。周りの人がハズレだったねなんて声をかけてくれたけど訳が分からない。
家族に電話して迎えに来てもらおうとしたら、繋がらない。何回かかけ直したらようやく繋がって、話し出そうとしたらギャルギャルと気持ち悪い鳴き声が聴こえてきた。即効切ってかけ直した。母が出た。ちゃんと私が知っている声だ。でもさっきのインパクトが強すぎて退院したと報告だけしてすぐ切った。あれ、本物だよね。偽物じゃないよね。
『あなたなら大丈夫よ、ほらお帰り』
そう言って大きな剣を渡してきた知らないばあちゃん。
いやあの、意味わからない。説明してよ。たぶん理解できないけどちゃんと話そう。まず銃刀法って知ってるかな。
『いくぞっ、野郎ども』
元気に叫ぶばあちゃんと、威勢よく返事をしてあとに続くじいちゃんたち。ばあちゃん親衛隊かな。私いつの間に加入したの。今すぐ脱退したいよ。
ズルズルと引きずられて外に出た。化け物いっぱい。
でもなんか楽しくなっちゃって、ばあちゃんと背中を合わせて剣を振り回した。じいちゃんたちの黄色い悲鳴なんて初めて聴いた。もう二度と聴きたくないけど、気持ちはわかる。
「ばあちゃん、かっこいい…」
こういう出会いがあるなら、入院するのも悪くないね。
【題:さあ行こう】
6/6/2025, 10:51:01 PM