不思議と物寂しさは感じない。
それよりもっと、偉大なる神々によって造られた場所だとさえ思うほど圧感される場所。
まともに呼吸すら出来ない。
神話か何かに出てきそうな、そんな場所。
短い草に一輪の花、そしてそれを琥珀色の淡く優しい光で照らす太陽。朝のような爽やかさが辺りに充満していた。
「ここが、彼の心の、……」
美しい。
そんな一言じゃ言い表せない。言い表したくもない。
不思議なものだが、突然、心臓を握り掴まれたような痛みに襲われた。勝手に踏み入ったことに対する怒りか、私の中で無意識的にこの彼の心の空間を否定しているのかは分からない。
だが、私は、ここまで来たのに引き返すような馬鹿はもうしないと決めたのだ。
ここで彼を救うときが来たのだ。
ずっと待っていた絶好のチャンスなのだ。
刹那、風が強く吹き抜けた。
それがとても鋭く、熱いような冷たいような、乾いたものであることを理解した。
風は背中を押してくれるもの。
ならば私はその向かい風さえも味方につけよう。
たとえ彼が救われることを拒んでいたとしても。
私は吹き抜けた風と逆方向につま先を向けた。
太陽が影を作ることと同じ。
そう、向かい風は追い風になるものなのだ。
2025.11.2.「凍える朝」
11/2/2025, 5:02:42 AM