汀月透子

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〈君と一緒に〉

「唐川さん、今晩、お時間ありますか?」

 益田菜穂が僕の席にやってきたのは、確か金曜日の夕方だった。まだ二十代前半で、入社して二年目くらいだったと思う。
 僕もまだ先輩面をするには若すぎる年齢だった。

「今晩? まあ、特に予定はないけど」

「実は、友達と一緒にライブに行く予定だったんですけど、急に行けなくなっちゃって……」

 彼女は申し訳なさそうに続けた。

「小さなライブハウスで空席は作りたくないので、一緒に行ってくれる人を探してて。
 好みが合うかわからないんですけど、もしよかったら……」

 恐る恐る聞いてくる様子が初々しくて、僕は即座に答えた。

「いいよ、行くよ」
「本当ですか!」

 ぱぁ、と彼女は花が咲いたような笑顔を見せる。
 以前、CMソングで耳にしたことがあるグループだし、まあ悪くないだろう。そんな軽い気持ちで会場に向かった。

 ところが、これが予想外に楽しかった。
 曲ももちろん良かったが、メンバーのトークがとにかく面白い。ライブというより、お笑いライブに来たのかと思うくらい笑った。
 益田さんも隣で声を出して笑っていて、その笑顔を見ているだけでこちらまで楽しくなった。

「また行きませんか?」

 帰り道、彼女が言った。

「もちろん」

 僕の返事に、彼女はとびきりの笑顔をくれた。

 それから僕たちは、二人でライブに通うようになった。気づけばCDも全部買っていたほどで、こんなにハマるなんて自分でも驚きだった。

──あれから二十年近く経った今。

「四月にライブあるってさ」

 僕はリビングで、妻に声をかけた。そう、いつの間にか益田菜穂は唐川菜穂になっていた。

 結婚して、娘の陽菜(はるな)が生まれて、少しの間はライブも自粛していた。
 でも、陽菜が小学校に上がった頃にまた再開した。生まれた時から聴いているから、全曲歌えるし、カーステレオでかけると自然と三人でハモったりする。
 親子で参加しやすい日時に、ライブが多くなったのもありがたい。

「私も行きたいな」

 高校生になった陽菜が、スマホで日時を調べている。

「昔行ったライブ、すごくよかったよねぇ」

 妻が懐かしそうに言う。

「初めて二人で行った時のこと?」
「そう。あの時、唐川さんがすごく楽しそうで」
「益田さんも笑ってたじゃん」
「もう益田じゃないでしょ」

 彼女が笑う。陽菜は何言ってんのという顔だ。

「ベストは芸術ホールのライブだろう。演出すごかったし」

 僕が言うと、妻は首を振った。

「私は、初めてのあのライブが一番。
 あなたと一緒だったから、特に思い出深いのよ」
「はー、お熱いこと。二人きりで行ってくればぁ」

 陽菜に冷やかされて、思わず苦笑いする。

 でも、確かにそうかもしれない。
 あの時、君と一緒に行ったから、僕はこんなにハマってしまったんだろう。
 曲が良かったのはもちろんだけど、隣で君が笑っていた。それが何より楽しかったんだ。

 三年ぶりのアルバム、三年ぶりのライブ。陽菜も一緒に行くことになるだろう。家族三人で。

 これからもきっと、何度でも思い出す。照明が落ちる瞬間の胸の高鳴りを。
 君と一緒に聴く、あの響きを。

──────

うちも親子で似たような趣味ですが、応援するプロ野球チームは別々。
対戦するときの中継を見るときは大変です。

「幸せとは」もアップしたのでよろしければ。
これで宿題は残ってないはず……あっ(´・ω・`)
(「星に包まれて」)

清書してなかった……(´・ω・`)

1/7/2026, 3:32:12 AM