酸素
僕にとって君は酸素のようなものだ。
君の視線、曲線美、鈴の鳴るような声、その全てが僕の心を燃やし生きるエネルギーを生み出してくれる。
君は、世間一般には毒だ。人々の内側に入り込んでは錆に似た傷を付け、密かに相手を死に追いやる。最近の原因不明の倒産や失踪のうちいくつかは君が関与しているんだろうね。
それでもなお、僕は君を求めるほかない。君がいない世界では僕は生きていけない。君に近づき過ぎては自分自身がいつか燃えてしまうとわかっていても、僕は君無しでは居られなかった。君に一目惚れをしたその日から――。
「それで? それがこのキラークイーンをストーカーした理由ってわけ?」
「うん。あぁ、素晴らしいなぁ。こんな目と鼻の先に君がいてくれるなんて。今の僕はまるで純度100%の酸素の中に閉じ込められた愚かな鼠さ。あぁ、僕は一体どうなってしまうんだろう! ひと思いに燃やされてしまうのかなぁ、それとも内側から錆びて腐っていくのかなぁ! もう待ちきれないよ!」
「呆れた。あたし、わけのわかんないマゾヒストの相手をするほど暇じゃないのよ。もういいわ。帰ってちょうだい。そして二度とあたしに関わらないで」
「ちょっと待ってくれよ。なぁ、さっきの話でわかっただろう? 僕は君無しでは生きていけないんだ……」
「なら丁度いい。酸素を断(た)ってしまいましょう。なんたってあたしは殺人女王(キラークイーン)だものね」
あぁ、なんて美しいんだ。そう思った僕の意識は次の瞬間には薄れていった。彼女は一体何をしたんだろう。甘い香りとともに、目の前の女王が白く霞んでいく。
「もうやんなっちゃう。いっそ宇宙にでも飛ばしてやろうかしら」
君の鈴の鳴るような音が遠くで聞こえる。宇宙か。それもいいなぁと思いながら僕が目を覚ました先は、真っ暗な宇宙などでは断じて無く、自然光に包まれて老人ばかりしかいない、そして君の噂など微塵も耳にすることができないありふれた田舎の一つだった。
あぁ、酸素が遠い。
5/15/2025, 4:27:18 AM