長月より

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狭い部屋

 早苗たちが通う学校の、写真部の倉庫は狭い。
 その狭い倉庫の中に、無理やり今まで撮った写真や額縁を置いているらしい。おかげで倉庫から何かを取り出す時には、一度手前から荷物を全て出してから必要なものを取るか、人一人通れるかもわからない細い道とも言えない空間を歩かなければならないそうだ。

「て、わけで、助けて欲しいんだ」

 そう言って放課後帰ろうとする早苗と翔吾の二人に同級生の栢山凪人(かやま なぎと)が片手をあげて拝んできた。

「別にいいけどよ。部活の後輩とかに言ったらやってくれんじゃねえの?」

 制服のジャケットを脱ぎ、腕まくりをしながら翔吾は言った。早苗も大きく頷いた。

「君たち写真部は、割と全国にも行くような所謂強豪なんだから、生徒も結構いるだろう? 僕らに頼まなくてもいいはずだと思うんだが」
「や、まあ、そうなんだけどなあ」

 苦笑しながら凪人は倉庫の扉を開けた。部屋の中からは埃とカビのような匂いが一瞬鼻をつき、ついで古いカーペットのような匂いがあとを追うかのようにやってきた。早苗は一瞬顔を顰めて「すごいな」と呟く。

「こんな感じで、割と匂いとか埃がやだっていうやつが多いんだ」
「確かにこれは嫌かもな」
「あと──幽霊が出る」
「幽霊?」

 翔吾が何をそんなに怖がるものがあるのかと言った胡乱げな顔で凪人を見た。あくまでも噂だと凪人は言う。

「正直、誰も信じてないよ。でもみんな倉庫に行くのはめんどくさいから適当な理由つけて逃げてんの」
「ふーん。そうか」
「そうそう。と言うわけで、よろしく」

 それで会話は終了。あとは早苗たちは黙々と部屋の中のものをだす作業に取り掛かった。箱に納められた写真や額は割と重く、体が細くて貧弱な早苗はもっぱら部屋の外に出された荷物の埃を払う仕事を任された。廊下にも部屋にも埃が舞う。

 早苗は鼻がちょっとむずむずし出してきた。これはマスクが欲しいなと思ったが、ここにはそんな便利なものなどない。仕方がないのでむずむずさせたまま掃除をする。やっぱりむずむずする。くしゃみが出そう。しかし出ない。また埃が舞う。

 くそぅ。ここで豪快にくしゃみができれば楽になれるのに。

 そう恨めしげに思っていると、翔吾がティッシュを出してきた。

「すげえ顔してるぞ」

 早苗は翔吾からティッシュをもらうと鼻を噛んだ。

「ありがとう。君、女子より女子っぽくないか?」

 そう言うと翔吾が口をへの字に曲げて狭い部屋の中へと去っていった。お気に召さなかったらしい。そのやりとりを聞いていた凪人は「あー。惜しいことをした」と呟いていた。


***

 一通り中のものを出して埃を払い終った。凪人は廊下に出された写真や額縁の中から、いくつか大きくのばした写真を取り出しながら礼を言う。

「いや助かった。サンキューな」
「しかし狭かったな」
「これだけ作品があるなら、何もこんなに狭い部屋を倉庫にしなくてもいいだろうに」

 翔吾は首を鳴らしながら倉庫の中を見渡した。早苗もシャツについた埃をはたきながら凪人に言う。
 実際、最初に説明されていたようにこの部屋は狭い。人二人分ほどの通路のような細長い部屋に棚が置かれて、その中にダンボール入れた作品やらなんやらが詰まっていたのだ。しかも、写真部の部室からは微妙に遠い。確かに他の部員は誰もここにきたがらないだろうことが容易に伺えた。
「あはは。まあ、俺もそう思ってんだけどな。でもなんか、ここがいいんだよな」

凪人はすっと目を細めて狭い部屋の中を見る。早苗もつられて部屋の中を見つめた。

 部屋の奥には学校ではあまり見かけない形板ガラスの窓があった。その窓から降り注ぐ夕日の色は、見たこともないくらい鮮やかに、赤く染まっていたのだった。


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学生時代、学校にこんな空間あるんだなと驚くくらい狭い部屋がありました。あの部屋はまだ、誰にも使われずにそこにあるのでしょうか。

6/4/2023, 11:31:03 AM