緋鞠

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空気の澄んだ寒い春先の夜、空を見上げる。いつもよりも綺麗な星空が広がっていた。そんな日にはよく昔のことを思い出す。
僕は小さい頃、孤児院にいた。いつから孤児院にいたのかは分からないけれど、少なくとも親の顔は覚えていない。そんな子供時代を過ごした孤児院で、特に仲の良かった奴がいた。
そいつとは同い年だったこともあって、気がついた頃には一緒にいた。そいつとは性格こそ真逆だったけれど、何故か居心地が良くてお互いにお互いの隣が一番落ち着く場所だった。だから、そいつとはいろんな話をした。今日の夕飯はなんだろうとか、今日はこいつとあいつが喧嘩したとか日常のなんてことない話から、将来の話とか、宇宙の話とか、真面目な話も、たくさん。
孤児院で暮らしていくうちに、気づけばそいつとの日課はいくつかできていた。例えば、嫌だと思ったことはその場で言う、後に引きずらない。あとは、お互い苦手な食べ物が出たら、こっそり交換。バレたら連帯責任、とか。その中に、毎晩就寝時間を過ぎた頃、こっそり屋根に昇って雑談をするっていうのも、入っていた。うちの孤児院はそこそこ子供が多くて、一階が共有スペースと院長先生の部屋、二階が子供たちの部屋、という割り振りだった。部屋も基本的に六人で一部屋で、多い部屋では十人くらいいる部屋もあった。そんなんだったから、部屋で夜中に雑談する訳にも行かなかったし、ましてや廊下でなんてことやったら院長先生から大目玉を食らうことは間違いなしだった。そこで、思いついたのが屋根の上だった。だから、毎晩就寝時間を過ぎた頃、院長先生がいなくなったことを確認して、こっそりと屋根に上った。もちろんバレたらお叱りは免れない。そんなスリルもあって、楽しかった。
けれど、中学三年生に上がる頃、あいつは死んだ。飲酒運転の車に突っ込まれて即死だったらしい。僕はもう既に、養子として引き取られていた後で、その話も孤児院からの電話で知った話だ。僕は初めそんな話を信じられなかった。僕は運良く引き取ってもらえた。これから毎日会うことは出来ないけれど、せめて文通はしようって、できるだけ毎日手紙を出そうって話して、本当に毎日文通をしていた。その日も、手紙が届いていて、何が書いてあるんだろうかとか、どんなことを手紙に書こうかとか、そんなことを考えていた矢先の話だった。暫くは、ショックから何も手につかなかった。でも、そんな時なんでなのかは分からないけど、ある日話したことを思い出した。何の話の流れかはもう覚えていない。ただ、そいつは僕に珍しくお願いをしてきた。そいつは俺が死んだら、俺の分までお前がいろんな景色を見て、最後の最後に俺に話に来いって。その時僕はなんて返したんだったか。でも、何故かそんな話を思い出した。それからは、何とか前を向くようにした。そして、日記を付けたり、旅行先で撮った写真やチケットなどをノートに纏めるようになった。旅先で見たもの、聞いたこと、知ったこと、できるだけ全部を纏めるようにした。いつかあいつのところに行った時、一つでも多く伝えられるように。そんな習慣は今でも続いている。ノートも日記帳ももう二桁だ。ノートに至っては、三桁目を超えている。それでもきっとあいつは少ないって怒るから、まだあいつの所にはいけない。
だからさ、もう少し待っててよ。まだお前との約束果たしてる途中だからさ。星の綺麗な夜はお前のことを思い出すからさ。

テーマ:星空の下で

作者のつぶやき:
初めてひとつの物語として最後まで書き切りました〜!
ただ、自分でも分かりにくいなとは思っているので、雰囲気だけで呼んでいただければと思います。

4/5/2024, 2:48:37 PM