猫田こぎん

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#スリル

 19年間続けた仕事を、2回目のうつ病の悪化により42歳で退職した。
 最後の方は、職場に着くなりしゃべると涙が出るような有様で、院長に退職理由を話す時も泣きながら「もう(こんな風になるんで)無理だと思って」としか言えなかった。
 1回目のうつ病の時も休職を許してくれなかった人だから、私の退職理由もきっとわからなかったに違いない(別にそれは構わない)。
 送別会はしないでくれとお願いし、仲良しの看護師さんにしか辞めることを伝えず、忘れもしない9月15日はいつもと同じように「お疲れさまー」とさっさと帰った。もう二度とここには来ないと思うと、心底嬉しかったのを覚えている。
 そして、辞めてからも心身ともにボロボロで、フラッシュバック等、色々と大変だった。
 回復の兆しが見えたのは、仕事を辞めて2年ほど経った頃だった。
 仕事を辞めてからはハロワに通ったり、就職活動をしたり、パートで働いてはうつ病が再燃して辞めたりを繰り返し、旦那さんに「もう少し休みなよ」と言われて流石の私もダメだこりゃと思って気が抜けたのだ。
 何もしないと決めてから、心に余裕が生まれると、また何かしたくなる。
 そこで、車の免許を取ることにした。
 今は旦那さんと2人暮らしだけれど、ゆくゆくは私の実家で二世帯暮らしになる。それに父親には免許を返納してもらいたい。
 昼間の足になるには私が車の運転ができなくては。

 免許は合宿免許で取ることにした。
 ネットなどで情報を集め、新潟県の某教習所に決めた。
 合宿免許プランは女性だけで、宿泊も女性のみ(つまりは通いは男性もいるけれど、合宿中は教官やスタッフ以外の男性とは一緒にならない)。男性嫌いの私にピッタリじゃん。
 かくして、40も半ばのおばさんが14泊15日の合宿に挑んだのだった。

 生来の真面目さと心配性から、学科の勉強は合宿前にあらかた済ませてきていた。過去問やアプリでほぼ満点を取れるようにしてから行ったのだ。
 なので、学科の方は、入校翌日には第一課程合格の判子をもらい、仮免も一発合格、第二課程に進んだ翌日に卒業までに合格しなければいけないテストもすぐに合格した。 
 さて、問題は乗る方ね。
 前述の通り、私は真面目で心配性であり、かつ、「きちんとしていたい」という気持ちが強い。
 相手の意図をきちんと汲みたい意思が強すぎて、どうしても教官の注意を聞きすぎる。というわけで、相性が悪い教官とは本当にことごとくダメだった。
 胃薬を飲みながら仮免までヒーヒー言いつつ頑張りった。
 コースどりをするためであろうか、嫌いな教官が「左〜!」「左〜‼︎」と言うたびにビクビクしていたのを思い出す。「左に寄れ」なのか「左に寄りすぎている」なのかわからない上に、「そうしないためにどうすればいいか」を教えてくれないからパニくる。
 一転、路上に出てからは別の教官に「真ん中を走れていいですね」と褒められたから、場内では真ん中過ぎていたのかしら??
 教習場の中でこちゃこちゃ運転していた時は怖さしかなかったけれど、路上は楽だった。
 海山教習で弥彦山や海岸線を走ったのは楽しかったし、嫌いな教官に当たらなかったし、仮免で一緒に合格した人といつも一緒だから安心だった(同日入校が私だけで同期がいなかったの)。
 そんな中、高速道路の教習があった。
 教官曰く、「高速道路は信号とかなくてスイスイ走れるから路上より楽しいって言う人と、速いから怖いって言う人がいる」らしく、「スリルを求めるタイプかどうかわかるよ」とのこと。
 スリルかぁ。私は遊園地の絶叫マシンとか嫌いなんだよなぁ。
 高速道路は合流が一番怖い。下道で走っている時速の倍近くをぐいっと出さなければならないし、そもそもそんなに速く走ることなど人生で初なわけだ。
 しかし、高速道路教習は教官がいい先生だった上に、「そこでグッと踏んで!」と言ってくれたので、躊躇なくアクセルを踏みまくり、うまく合流できた。
 高速道路上では、「100キロまで出して良いところだから、100まで踏んでみましょうか」と促され、100までは出した(すぐに緩めた)。
「どう?100キロ出すと楽しいですか?」
 教官にそう聞かれ、私はこう答えた。
「自分の体が速い速度で移動することには興味がないようです」
 爽快感とか、興奮などは全然感じない。ただこの瞬間がはやく終わってほしい(運転を代わってほしい)だった。逆に恐怖もそんなになかった。責任を負い続けたくないという気持ち。だって、こんな高速で移動している時にハンドル操作とか誤まったら、私だけでなく他の人たちも死んでしまうから。
 一緒に教習を受けた人とも、「免許取っても高速は乗らない」「あたしも」なんて話し合った。
 あまりに心配性でゆっくり運転するもんだから、「ああああ!止まっちゃうから!もっと踏んで!」と言われたことならある。それを悩んで、一番優しそうな教官に相談してみた。
 すると「車の免許を取ると、その心配する気持ちを忘れてしまうことが多いんですよ。安全であること、周りを気遣うこと、それらは運転歴が長いと忘れるものですから、今の気持ちを忘れずにいてくださいね。車はスリルを楽しむ乗り物ではありませんから」と言われた。
 この言葉は免許を取ってから毎日乗るようになった今でも覚えているし、運転に慣れた人ほど危ないと自重している。

 スリルは好きか嫌いか。高速道路教習では嫌いだなと思った。心が波立つのは得意ではない。
 
 あ、でもね。私、高いところはものすごく好きなの。揺れる吊り橋とか下が透けてる東京タワーの一角とか。それはなんて言うか、スリルってのとも違うかな?だって怖くないものね。

 いやいや、でも、平穏が一番ですよ。


2023・11・13 猫田こぎん




 
 

11/13/2023, 12:34:51 AM