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 目の前の山脈から、空が薄ら白けてきた。次第に光が強くなり、四方八方に広がった。焦ったいくらいにゆっくりと太陽が顔を出した。辺り一面、眩しい光に照らされる。
 俺は顔を顰めた。この時を待ち望んでいたはずなのに、喜びの笑みも、感動の涙も、何も湧き出なかった。

 * 

 世界が闇に包まれた瞬間は分からなかった。雨の日が続き、止んだと思ったら分厚い雲に覆われていた。次第に黒ずんでいく雲に何の違和感も感じないまま時が進み、気がつくと一年中凍えるほど寒い気候で、昼と夜の区別がつかない一日を過ごしていた。

「太陽を覚えてますか?」

 シルリアに声を掛けられたのは、雪がちらつく昼間だった。
 正確には、昼も夜も分からなかった。街中の時計も止まっているか、狂ったようにグルグル針を動かしてばかりだったから、人々は自分の感覚を頼りに寝起きしていたのだ。俺もそれが当たり前だった。起きてすぐ食料を求めて家を出たから、俺がシルリアに出会ったのは昼間と決めつけていた。街の中心を流れる川にかかった大きな石橋の上で、すれ違う時に聞こえたのだ。
 俺が立ち止まって振り返れば、シルリアはこちらをじっと見つめたまま立っていた。

「もしかして、俺に聞いた?」

 コクンと、シルリアの頭が上下した。

「覚えてっていうか、常識じゃねぇの?」

 太陽なんて、と返した俺にシルリアの目が光った。きらりとした瞳の色は、一瞬青く見えたが、すぐに影が差して淀んでしまった。
 どうしたんだと首を捻れば、シルリアが素早く間合いを詰めてきた。近い距離に驚いて咄嗟に拳銃を抜けば、その拳銃を持つ手を握られた。柔らかくて温かい手にぎゅっと包まれ、俺は身を硬くした。

「私と一緒に太陽を取り戻しに行きましょう!」
「危ねえから離せ!」
「嫌です。そうやって私から逃げようとするんでしょ」
「違えよ。ていうか、近い!」
「離しませんよ、決して。ようやく巡り会えたんだもの。このチャンス逃したら、もう、後がないの!」
「話聞けって!」

 押し問答の末、空腹に負けた俺が折れて、シルリアの言う「太陽を取り戻す旅」を始めた。
 シルリアが言うには、現在国王になりすましている奴が諸悪の根源らしい。そいつのせいで太陽が奪われ、世界は闇に包まれた。だから諸悪の根源であるヤツを倒せば太陽を取り戻せて、世界も元通りになるようだ。
 俺はシルリアに従って、諸悪の根源が根城にしている古城を目指した。途中で手下どもを蹴散らし、仲間を増やした。勇敢な剣士・アンディー、気弱な元軍師・エミリオ、武闘派の戦士・ルイサ、古城から脱出した国王の子息・ナイト。旅路は次第に賑やかになり、悪くないと思えるようになった。

 古城が見えた時、この旅の終わりが近いと突きつけられた。いよいよ最終決戦になる。仲間との決起会もそこそこに、俺たちは古城を奇襲した。
 城はナイトからの情報を頼りにしたため、道を迷うことはなかった。今までとは違って手強い敵を倒し、最奥の部屋へ辿り着いた。
 諸悪の根源は、そこにいた。国王になりきったヤツは、ニタニタ笑いながらこう言った。

「我が娘にまんまと騙された愚か者たちよ」

 その場にいた全員がシルリアを見た。シルリアは顔面蒼白で表情が抜け落ちていた。感情が全く読み取れない。後ろではヤツの笑い声が響いている。

「たばかったのか」

 アンディーの言葉に、シルリアは首を振った。エミリオが眉を顰めてシルリアを睨む。

「正直、やけに詳しいとは思ってた」
「関係者か敵の裏切り者かと思っていたが、なるほど。娘とは」

 ルイサ、ナイトがそう言えば、シルリアは俯いて耳を手で覆った。小さな体をさらに縮こませて震える姿に、俺はそっとシルリアの肩に手を添えた。

「シルリア」

 なんと声を掛けていいか分からなかった。きっと俺は、シルリアに初めて出会ったあの時から、ずっと騙されていたのだろう。ただ流されるまま旅をして、強くなって、仲間を増やして。シルリアがなぜ俺を誘ったのかなど考えることなく。
 ただ、この旅の途中で見せた、シルリアの笑顔は心からの笑顔だったと思いたくて。

「シルリア」

 俺の呼びかけに、シルリアは答えない。

「騙されていたとしても、俺はシルリアを信じるよ」

 俺の声に、シルリアは顔を上げた。大粒の涙をこぼした瞳が、青くキラキラと輝いていた。出会った時に見た、あの一瞬の青だった。

「呆れた」
「これだからお人好しは」
「リーダーがアレじゃあね」
「まあまあ、皆さん。マシューはこうでなくっちゃ」
「聞こえてっぞ」

 仲間の呆れ声に俺が顔を向けると、シルリアは声を震わせて言った。

「何も話してなくてごめんなさい。確かにあの人が私の父親で間違いない。更なる力を得るために生贄を連れてこいとも指示を受けたのも事実」

 シルリアは頬を拭って、俺から離れて諸悪の根源である父親と向き合った。

「だけど、私は最初からそんな指示、叶えてやるつもりなかった! 私は、あなたを倒してくれる強い人を探しに街まで向かった! そこで出会ったマシューとなら、道中仲間になったアンディーにエミリオ、ルイサにナイトとならあなたを倒せると確信した!」

 次第にシルリアの声が大きくなる。

「だから私は、あなたの生贄を連れてきたわけじゃない。あなたを倒してくれる仲間を連れてきたの! もうこんな暗い世界なんてこりごり。私は、今日、父親であるあなたを倒して、この世界を太陽で照らすの!」
「この、アバズレが!」

 怒りを露わにしたヤツの一声で、最終決戦が始まった。今までは一対一で何とか勝利を収められたが、今回ばかりは一筋縄ではいかない。六人がかりで技を放っても、擦り傷程度しか与えられない。今までの戦い方では通用しない。
 それでも知恵と経験を活かし、攻撃した。次第にヤツのダメージとして蓄積されていくのが分かる。いい調子だと思った矢先だった。

「放て」

 部屋じゅうから矢が降り注いできた。俺たちは避けるのに気を取られた。
 その隙を狙われた。
 遠くにある鈍い光を見つけた。真っ直ぐに、シルリアを狙っている。俺は矢の中をすり抜けシルリアへ駆け寄ろうとした。踏み出した右足に矢が刺さり、膝をついた。

「シルリア!」

 俺の声が聞こえたのだろう。シルリアはこちらを振り返り、目を見開いた。駆け寄ってきたシルリアは両手を広げて、俺を庇うように立った。

 その胸を、銃弾が貫いた。

 シルリアは衝撃を受けて、その場に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。
 俺はシルリアのそばに寄った。薄らと目を開けるシルリアに、必死で呼びかけた。肩を揺さぶり、膝の上に頭を乗せ、声にならない声で呼びかける。
 シルリアの目が俺に向いた。バチッと目が合った。シルリアの唇が震えた。俺は耳を寄せた。

「生きて、マシュー」

 シルリアの声に、俺はもう一度彼女を見た。歪んだ視界の中で、シルリアは笑みを浮かべていた。出会ってから今までで一番穏やかな笑顔だった。

「シルリア……」

 頬を撫でると、シルリアから力が抜けた。強く揺さぶっても、頬を叩いても、何度呼びかけても、瞼は硬く閉じたままだった。
 ガリッと奥歯が鳴った。叫びたい衝動を抑える。今は戦いの中で、まだ終わってない。

「マシュー!」

 仲間の呼びかけに応じるため、俺はシルリアを物陰に横たわらせた。最後に頬を撫で、瞼に唇を寄せた。
 絶対に、シルリアの願いを叶える。
 誓いを胸に、戦場へ躍り出た。もう、シルリアを振り返らなかった。怒りも、憎しみも超えた俺は、ただひたすら目の前の敵を倒すために奮った。

 やがて、渾身の一撃が入り、諸悪の根源であるヤツは倒れた。
 蘇ることなく、地に伏せたまま大量の血を流すヤツに、俺たちはようやく深い息を吐いた。
 やがて、半壊した古城の壁の向こうにある山並みから光が漏れ出した。

 夜が明けた。
 俺たちの、シルリアの待望した夜明けだ。

 俺たちはいつの間にか東に向かって横一列に並んでいた。チラッと横目に見れば、皆似たような表情をしていた。日が昇り始めたのに、誰一人として喜んでいなかった。各々顔を歪め、苦虫を噛んだような顔をしている。
 俺はもう一度太陽の方角を見た。あまりの眩しさに顔を歪め、涙を流した。

 夜が明けた。
 君が俺たちの横にいないのに、夜が明けたところで嬉しくなどなかった。



『夜が明けた。』
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急拵えの無茶苦茶設定には目を瞑っていただけると幸いです。
昔「おいでよ!どうぶつの森」をプレイした時に住民から「シルリア」とあだ名をつけられました。どこの国の名前?

4/29/2025, 9:34:16 AM