昼休み。1人の女子生徒を離れたところから見ていた。彼女はいつもこの中庭に来て花壇に水をあげている。園芸部や美化委員でもない。単にボランティアでその役目を勝って出ている。そこまでは知っている。それ以上は、何も知らない。知りたいけれど近づく勇気がない。嫌われたらどうしようという思いがなかなか行動に移せないでいる。だからこうやって今日も、中庭で読書をするふりをして彼女のことをこっそり見ている。見ているだけだし、そこまでじっくり眺めるような真似はしていないから変質者ではないと思う。
「へーえ、あの子が好きなんだ?」
声がして。振り向いたら同じクラスのヤツがいた。コイツとは部活も委員会も一緒で気の知れた仲である。そんな仲の良いコイツにも、今まで僕の恋事情を打ち明けてはいなかった。
「つれねーなぁ、なんで今まで教えてくれなかったんだよ」
「……別に」
隠し通したいつもりもなかった。でもバレたら厄介なことになるんだろうな、とは思っていた。だってコイツは僕と違って女子に人気がある。それを本人も自覚してる。だから僕があの子に気があるなんて事実を知ったらどうせ。
「ふーん。じゃあ、俺がアタックしちゃおっかなー」
人の反応で遊びたがる。コイツはそういうヤツだ。最高に性格が悪いヤツだから、どうせそういうことを言ってくるんだとは思っていた。
「……そういうのやめろよ」
「おーこわ。冗談だっつの。そんな睨むなって」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ。あの子だけはやめろ」
鋭く睨みつけた。空気がピリついているのが自分でも分かった。そんなの絶対に許さない。その思いを込めて冷やかな視線を送る。
「悪かったって。お前がマジなのは分かったよ」
僕の一言に一瞬言葉を失くしたヤツは、そそくさとこの場から姿を消した。また1人になって、近くのベンチに座った。
絶対に譲りたくない。なんの行動も起こしてない自分が言える立場じゃないけれど、強く思う。でも本当にそう思うならうかうかしてられない。あんなふうにどっかのチャラいヤツが近づいてくるかもしれないのだ。
「ここで逃げたら……僕はクズだ」
言い聞かせるように呟いた後、花壇にいる彼女へ向かって歩き出した。汗ばんだ手で握り拳を作る。何を喋ろうか。さっきまでの威勢はどうした、というくらい緊張している。男を見せろ。
「ねぇ――」
10/16/2023, 9:57:50 AM