薄くて小さな妻の爪が、微かに黄色く染まっている。
食べますかと問われ、白いのもとってねと頼むと呆れたように笑われた。
筋も食べた方が体に良いそうですよと言われ、誰に聞いたか問うと、伊作くんの名を出される。
ぽつりぽつりと話しながら、蜜柑の皮を剥く妻を眺めた。
…器用だねえ。そんな細かい筋まで取れるなんて。
いつもは皮しか剥かず口にしているが、妻の手が繊細に丁寧に、私の食べるものを扱ってくれるのを見るのが嬉しい。
我儘を聞いてもらえるのも。
ご自分で剥けば良いのにと言われ、だって、と答える。
向かい合い、お互いむくれた顔をしたのが可笑しくて、すぐ二人して笑ってしまう。
「だって尊奈門のやつ、もう蜜柑に触るなと言うんだもの。」
怒った猫みたいにぷりぷりしてさ、と文句を言ったら、一気に食べてしまうからでしょと一蹴された。
私が近所の子供らにやるのを、お前もにこにこしながら見ていたじゃない。
ともかく、あーんしてくれないと私は一冬びたみんが摂れなくなってしまうよ。
顔を突き出し、柔らかい手の甲にすりすりと頬を擦り付けて強請る。
そのままあっと口を開けたら、困った猫ちゃんだことという言葉とともに綺麗な果肉が差し出された。
この部屋はもう、私と妻の気配でいっぱいだ。
誰も戸を開けてくれるな。…この時間が、終わらぬように。
「はい、どうぞ。… こんさま。」
妻しか口にしない自分の呼び名に、果肉を含んだ口を手で覆いながら天井を仰ぐと涙が出た。
今は、天井裏からも、誰か入ってきたら殺すからね!!
【終わらせないで】
11/29/2023, 9:15:24 AM