「この花が散る頃にはもう、私は居ないでしょう」
たった一言の手紙、たったそれだけの手紙。
急に力が抜け、緩んだ手から同封されていた、萎れて茶色になった桜の花びらが落ちた。
「なんだよそれ、、ずるいじゃないか」
4/1に届いたその手紙は、嘘をついてくれなかった。

3年前の春、僕は大企業に、、、と言いたいが地元の企業に就職し、ぼちぼちの生活を送っていた。
絶対必要という訳ではないが、地味だがやりがいもあるこの仕事。だが、数ヶ月後にもう辞める。
10年来の付き合いの親友が企業し、俺を雇いたいとの事らしい、給与こそ変わらないが、休日や家賃補助など、俺にとっても非常にありがたいし、1番信用している人物に誘われたのだから、断る理由もなかった。
数ヶ月後、 繁忙期も終わり 後輩への引き継ぎもマニュアル付きで終わらせた僕は、スッキリした表情をしていた。
少し狭いが、なんだかんだで気に入っていた社宅も今や何一つ残っていない。
少しの寂しさも積み込み、車を出した。

親友の会社は思っていたより大きかった。
俺にはあまり教えてくれていなかったが、実は年商が億に行くとか行かないとか、
社長の推薦ではあったが他の新入社員と何も変わらない俺、逆に推薦なのにと言われることもあった。
数ヶ月後もしないうちの仕事は覚えたが、最初の事もあり、あまり馴染めていなかった。
1人は元々慣れているから大丈夫だ。ただ、親友の事を言われていそうで怖かった。
しかし、ひと目でそれはどうでもいいと思うようになった。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
夕方過ぎの公園のベンチ、差し出される水と優しい眼差し。ただ世界が明るくなった。

「大丈夫ですよ、体調悪そうでした?」
少し笑顔作り、優しい人を見た。
「あなたこそ大丈夫ですか?」
その顔は目が少しうるんで、目元も腫れていた。
隣の鞄を自分の膝に置き、彼女が座るのを促した。
数分の無言が流れたが、不思議と気まずくは無い、
初対面のはずなのに、ただそれが自然であるかのように、ただ2人は座っていた。
「なんだか不思議ですね、初めて会った方なのに、 　横にいてくれて落ち着きます」
静寂を破った彼女の言葉に、私もそう思います。
と静かに呟いた。
それが彼女との出会いだった。

そこから数週間、月曜と金曜に静かだけど確かに心安らぐ時間を共有した。
僕が疲れた顔をしたり、彼女は頬を濡らしていたりするが、それは安らぎを邪魔する訳でもなく、ただその時間を際立たせていた。
異質な時間、ただそれは紛れもない支えになっていた。そんな時間が1度だけ無くなった。
彼女が来なかった、それは普通のことだ、仕事が忙しかっただけだろう、と思いその日はひとりで過ごした。どこか落ち着かないその時間は、ベンチに1人分の空白と、心に不安を植え付けた。

植えられた不安は、数日で不調へと成長し、実をつけた。その実はすぐに熟れて腐ってしまったが、心に異臭を放ってそこにある。
しかし、その匂いを我慢し社会人としての業務を終わらせ、帰路につく。
「今日はあの公園を見て帰ろう、多少は楽になる気 　がする。」
公園のベンチには、人の姿があったが、それは甘酸っぱい学生達の青春だった。
これはこれで少し気が晴れたが、まだ実の放つ匂いは重かった。
重い匂いを綺麗に流したくて、その足取りで家近くの銭湯へ行き、帰り着くのはいつもの時間を大きくズレた。

帰るのも面倒になり、ホテルに泊まるかも考えたが、それはお金の無駄だと悟り、静かに帰った。
「あ、、、」
その声はあまり聞いていなかったはずだが、一瞬でわかった。
匂いを消し去ったその声は、ただ安らぎをくれた。
隣の部屋の住人は、優しく微笑み、共に夕食を食べる事になった。
夕食は決して豪華では無い、半分以上が惣菜の夕食、そして人生１美味しいかった夕食。
静かな夕食を食べ終えると、不思議と会話になった。先日は病院に行っていて来れなかったそうだ、何も取り繕わないその姿は、綺麗に見えた。

その後は､決まった曜日に公園で会い､決まった曜日に夕食を共にし、決まった曜日に愚痴をこぼした。
お互いの都合が合わない時は、1枚の紙を書き、翌朝ポストに投函するようになった。
手紙は苦手だったが今では、綺麗に書けるようになった。
数日間、数週間、数ヶ月後関とその月日が伸びる度に、少しづつ関係は進展したが、お互いにあまり話さないのは変わらなかった。
出会って約2半年、数百回の水族館や美術館、映画や、登山など、色々なことをやってきた。
そして今日は彼女が家を手放す。
「おかえり」

更に半年の月日を重ねた。
話こそあまり増えないが、笑顔が増えた気がする。
そんな彼女を見ながら、今日も僕は笑顔になる。
明日は指輪を買いに行こう。
明後日はあの公園で指輪を渡そう。
「明日から出張になっちゃってさ、手紙書くね」
柔らかい毎日に珍しい会話。
帰ってきたら渡そう。きっとそれがいい。
その後2週間ほど、毎日手紙が届いた。
ソワソワする心を納めるように手紙を読み。
引き出しにしまった指輪を思う。

「この花が散る頃にはもう、私は居ないでしょう」
その手紙を最後に手紙は届かなくなった。
僕はただわかっていた。そして今日は病院に居る
「今日だけは話を聞いてほしいな」
静かに寝ている彼女に言う僕は。
「はは、、私はもういなくなるから、、、それは誰かに聞いて貰って」
静かな彼女に僕は言う
「君だけに聞いてほしいんだ」
指輪に雫が映り、彼女は僕の横に座っている。
今日も静かに公園のベンチに座る。

4/4/2025, 3:42:03 PM