深い深い森の中にある、穏やかな湖畔のいっとう澄んだところを切り取ったような瞳で、そのひとはいつだってやわらかに笑っていた。この世のすべてを許すような/この世のすべてを諦めたような不思議な瞳だった。
──消えてしまいそうなひとだ。率直に、そう思う。
桜に紛れながら、水飛沫をあげながら、紅葉に隠れながら、雪と混じりながら。私の手の届くまもなく、ソラに還ってしまうひと。白磁の背中に翼のなごりを残すひと。
ただのいっときでもこのひとが私のものであればなんて、そんな不相応なことを願う。私の意識がよそにあるのを感じ取ったのか、不服そうな顔で頬をつままれた。
「またなんか変なこと考えてる」
「……そんなこと、ないですよ」
「嘘。あなたがそういう目をしてるときはいつもひとりで悩んで苦しんでるでしょう。……私のことで」
「……」
「……私は、どこにも行きません。……ううん。行きたくない。あなたのそばにだけ居たいの。ねえ。信じて?」
そうして、その瞳が、懇願するように/祈るように/囚えるように/逃さないように私のことを見つめるから。
「──……うん」
私はいつだって肯くことしかできなくて、それを見た彼女は、いつだってとても満足そうに笑うのだった。
7/30/2023, 1:53:43 PM