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 宇宙からの旅人が初めてこの星を訪れてから、五年の歳月が流れた。
 今や宇宙人は隣人と呼べるほど、当たり前の存在として地球に定着している。
 街を歩けば地球と異なるファッションに身を包んだ人々とすれ違うし、街頭広告では系外惑星産の商品が次々と流れてくる。気軽に宇宙旅行に行くことはまだできないが、それも遠くない未来だろう、と言われている。
 にもかかわらず、宇宙開発局の研究員アルバートは未だ宇宙人の存在を認めていなかった。
 宇宙人といえば、灰色や緑色の皮膚で髪はほとんどない、つぶらな瞳の人型生命体であるべきだ。円盤型の未確認飛行物体を乗り回し、時折目撃されては話題を呼んでいる、そんなロマン溢れる生き物であるべきだった。
 ところがどうだろう。実際に現れた宇宙人を名乗る奴らときたらホモサピエンスとほとんど変わらない見た目と身体構造で、その上何の変哲もないロケットに乗ってやって来た。そんなものは宇宙人とは呼べない。ただの外星人である。
 どこかにまだ、宇宙人はいるはずなのだ。
「それを長官のヤロウ、『地球外生命発見のための研究はもう必要ないから徐々にチーム縮小し解散する』なんてのたまいやがって……」
 彼らが乗ってきたロケットが宇宙のスタンダードなら、九十年代に多く寄せられたUFOの目撃情報は一体何だと言うのか。
「私はまだ諦めないからな」
 アルバートは決意も新たに拳を握りしめた。
 ここで諦めるようでは、すべてを投げうって勉強に励んだ少年時代の自分に申し訳が立たない。
「君のそういうひたむきなところ、わたしは嫌いじゃないけどね、」
 唐突に耳に滑り込む、人を食ったような軽い口調。
 思わずムッとして振り返った。
 広く閑散とした廊下を、馴染みの同僚が手を振りながら歩いてくる。彼と同じ茶髪に翠眼の彼女は、ペガスス座五十一番星bディーミディウム出身の宇宙人だと言う。客員研究員として招かれたと言っていたが、まともに取り合ったことはない。
 UFOに乗ったことはおろか、見たこともない宇宙人などいるわけがないのだ。
 彼女の次の言葉は言われずとも想像がついた。
「どうせ長官に聞かれないように気をつけろ、とか言うんだろ」
「うん。迂闊な言動してると、そのうち首が飛ぶよ」
「ふん、チームが解散するなら、解雇されようが同じことだ」
 アルバートは肩を怒らせて、自称宇宙人の同僚を置き去りにした。
 変人にかまけている暇はない。チームが解散しようが局を追い出されようが、できることはまだ残っている。
 半生をかけた夢を、ここで終わらせるわけにはいかないのだ。

 大股で立ち去る背中を見送って、ディーミディウムからの客員研究員はふっと笑みを漏らした。
 実のところ、アルバートの考えはそこまで間違っていなかった。
 まったく違う環境で生きる種が、地球人と同じ構造をしているほうがおかしいのだ。ただ、地球を訪れる上で不都合が生じぬよう、同じ姿形を取っているに過ぎない。現地人を脅かすことになるからと、地球近くでの円盤型飛行機の使用も五年前に禁止された。話題にするのもちろんダメだ。
 無論、このことを知る地球人はいない。
 なぜなら──、
「君たちは違うモノを、異様なほど恐れるだろう?」
 誰の耳にも届かぬよう、小さく呟いた。
 恐怖は敵意を生むし、敵意は争いを招く。そうなれば戦争は免れないし、それは彼らの本意ではない。
 アルバートが夢を現実にしたその時が、決別の時になる。
 夢を叩き壊すのは簡単だ。一度母星に連れ帰って、洗脳してしまえばいい。
 だがそれだけはしたくなかった。ひたむきに夢を追い続ける姿が好きだと告げたのは、事実だったから。

 だからどうか、夢に辿り着かないで。醒めないままでいて。
 あなたの夢がずっと、夢のままでありますように──。

(お題:夢を見てたい)

1/14/2024, 7:49:19 AM