まただ、と思った。
他人の喧嘩が始まった。
同じ家に閉じ込められて、その余裕のない大きな態度で家を窮屈にしている他人たち。
自分で自分をこの家に閉じ込めて、
相手も閉じ込めて。
私は今日も、二人の他人にこの家に閉じ込められている。
怒鳴り声が窓を震わせる。
泣き声が地面を揺らす。
瞬きが多くなる度に照明が点滅する。
片方が土下座したところから家が腐敗し始める。片方が金切り声をあげると家が水浸しになる。
片方が泣き崩れると、その涙で我が家だけの洪水が起きる。
息が詰まるなあ。
息ができないなあ。
一瞬水面に光が映った。
ついさっきまで家を壊そうとしていた二人が、
笑顔で笑い合っていた。
足が届かないと思った水の底は
いつの間にか水面に近づいていて、
私は立ち上がった。
さっきまで腐敗しようとしていた家は
元通りになっていた。
足元の周りの水は消えていた。
私の立っているところだけ、水が残っていた。
その水面を覗き込んだ。
溺れている自分が見えた。
底の見えない暗闇に溺れてもがいているわたしの姿。
その姿がくしゃりと歪む。
私は自分の足で溺れるわたしを踏みつけた。
水は私の中に吸い込まれていった。
窓は光を浴びて輝いている。
地面は暖かい茶色になっている。
照明は私たちを上から照らしていた。
それを繰り返していくうちに
私の足元に残る水の量はどんどん多くなっていった。
なんとか全部吸い込んで、笑い合っている他人たちのもとへ踏み出す。
そしたらね、
「おえっ」
口から、何から、身体中から水が吹き出す。
私の体は水浸しになった。
底の見えない黒く濁った水が溢れだす。
わたしはその水に呑み込まれた。
必死に上に手を伸ばす。
その手を何かに踏みつけられた。
その足にわたしは吸い込まれていく。
そして笑い合っている他人たちのもとへ、
わたしを踏んだ足で踏み出した。
ほら
嵐が来ようとも、私の家は変わらない。
ずっと閉じ込められたまま。
いつか本物の嵐がやってきて、
この家を壊してくれないかな。
この偽物の嵐のあとの静けさは
助けを求める声すら呑み込んでしまうから。
いつか本物の嵐がやってきて
家を壊したあと
この助けを求める声が
静けさの中
響き渡りますように
2024/7/30(火)
お題「嵐が来ようとも」
7/30/2024, 3:43:22 AM